行政透明化検討チーム 一人反省会 わかりにくい議論の巻

 8月24日に行政透明化検討チームでの情報公開法の議論が終了して、これから法案化作業が内閣府と総務省の共同で行われるようです。これまで4回の一人反省会をしてきましたが、今回が反省会は最後です。書くことは、ずっといろんな人から直接言われたり、人づてに聞いたり、何かで目にしたりしてきたりと、何かと評判のよろしくなかったわかりにくい議論について。

 行政透明化検討チーム 一人反省会 行政文書と個人情報の巻
 行政透明化検討チーム 一人反省会 審査会の巻 
 行政透明化検討チーム 一人反省会 内閣総理大臣の措置要求の巻 
 行政透明化検討チーム 一人反省会 「枠」の巻 

 行政透明化検討チームの会議日程や傍聴登録情報等々は、私の知り合いに一斉にメールで情報をずっと流してきたので、結構知り合いが傍聴に来てくれていました。とはいっても、傍聴席側と構成員の入口が違ったり、会議終了後には座長代理による記者レクがある関係で早々に傍聴者は外に出ているため、自席でもたもたしていると誰にも挨拶できずにということも多々ありました。だけど、そんな中でも立ち話をしたり、別に会ったり、メールをもらったときに、ぼちぼち感想を聞いておりました。

 共通して言われることは、議論が難しい、わかりにくいという2点。確かに。この上なく日常用語になっていない言葉が飛び交ったり、条文の番号だけで議論をしていたり、これまでの経緯が共有されていることを前提にした省略の多い議論をしていたりと、普通に聞いているとめまいのするような議論であったと思います。私も時々めまいを覚えておりました。その上、どちらかというと平場の会議でもっぱら発言する人と、それ以外の場でのやり取りの多い人がいるような感じで、会議の場で話されていることと、実際に集約されていったものに差があるという状況もあり、個人的には公開の会議は典型的なガス抜きの場?という錯覚に陥ったものでした。

 ともあれ、わかりにくい議論をしていて、資料もシンプルではなく、最終的な成果物の一つである論点整理もかなり難解、そして改正方向性を示したとりまとめも前提を理解していないと内容を読み切れないというものであるので、「行政透明化」と言いつつも、わかりやすさからは遠かったととても反省。反省をしつつ、途中から再認識したのが、「公開」「透明性」と「わかりやすさ」「合意形成」はまったく別物ということ。当たり前のことを何気に実感してしまいました。

 行政透明化検討チームは、会議は公開、議事録も資料も公開であるので、会議資料の公開はすべて行われていますので、「公開」や「透明性」は一定の水準を満たしています。もっとも、会議の経過をフォローしでも出てこないものが入り込んだり、どのように取捨選択されたのか分からないものもあるので、そういう意味では、公開の会議外のことがそれなりにあるので、透過度は50%くらいというところでしょうか。でも、それなりではありました。けど、公開されている会議や資料をもとにして広く議論を理解してもらうところまでは至れなかった。

 その結果かどうかわかりませんが、いろいろ目にする検討チームの取りまとめに関する理解は誤読がとても目立っているなあという感じです。もはや、誤読のレベルではないものも見受けられるので、情報公開法という市民が使う制度であるにもかかわらず、制度そのものを議論するときは、市民から遠くなってしまうというジレンマに、再び個人的には陥ったのでありました。前からわかっていたことではあるけど、やはり再確認すると課題としてわかっていながら成長していない自分にまあなんとも。

 結局、よくわからなかったという感想を何度も聞くと同時に、私が議論をどう思ったのか、思っているのか、どう評価しているのかということがたびたび聞かれることになりました。なので、とりあえず、近くこのブログで少しその辺を書いてみようと思います。
 
by clearinghouse | 2010-08-31 00:10 | 行政透明化検討チーム