特定秘密保護法案とどう向き合うべきか

 久しぶりの更新は中国から。ここは軒並みSNSが使えず、エキサイトブログはなぜか本文の方はアクセス制限がかかって見られないのに、管理者画面には入れるという、なんだかよくわからない状態です。このタイミングでSNSが使えなかったのがかなり痛かったのは、特定秘密保護法案のパブコメ時期と重なってしまったこと。

 特定秘密保護法案概要のパブリックコメントは、今日が締め切りです。

 「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見募集について(9/17締め切り)

 これについては、情報公開クリアリングハウスのサイトに私なりの解説を載せてあります。よろしければご参照ください。

 いちからわかる特定秘密保護法案~特定秘密保護法案は秘密のブラックホール?

 また、情報公開クリアリングハウスとしても、締め切り当日ですが以下の意見書を出しました。上記の資料の内容を基本にその内容をそれっぽくまとめていますので、上記資料のややこしい版でしょうか。

 「特定秘密の保護に関する法律案に対する意見」(特定非営利活動法人情報公開クリアリングハウス)

 で、ここではちょっと違った視点からこの問題の私見を述べておきたいと思います。

 「特定秘密保護法案」というのは、その名前がいかにもであることからも、知る権利や市民の自由に関心のある人たちから注目を集めています。「秘密は嫌だ」「秘密を拒否しよう」というのは当然のこと。これまで、政府に秘密主義、非公開主義の結果、散々痛い目にあってきたのは市民ですから。だからこそ、情報公開制度の立法運動が生まれ、情報公開クリアリングハウスにつながってきたというのが私たちの団体のアイデンティティです。

 問題は、「秘密がいやだ」「秘密を拒否する」ということと、秘密はないのかということは別の問題になっているということです。

 皆さんご存知のことと思いますが、自衛隊法が10年以上前に改正され、防衛秘密に関する秘密保護法制が確立しています。防衛秘密に関しては、特定秘密保護法案を同様の保護等がされていて、この法案が成立すると自衛隊法も改正され、防衛秘密は新たな法制に移行されることになっています。

 また、「政府機関の情報セキュリティ対策の統一基準」によって機密性区分や、「特別管理秘密」についての厳格な管理というのも行われています。こちらは自衛隊法は法案と異なり法律ではありませんので刑事罰の強化にはなりませんが、おそらく懲戒処分の基準には反映され、実施的なペナルティは加重されているのではないかと思います。

 こうした現状に対して、だから仕方がないと言いたいのではなく、特定秘密保護法案がどうなるかは別にして、政府ではすでに秘密を保護している、ということを言いたいわけです。

 以前に、安全保障領域における情報公開等の原則をつくろうというNGOなどが集まる国際的な会議に参加をしたことがありますが、このときに最初になされたことは、「政府に秘密がないということではない。秘密にされる情報や領域はある」ことについて、それが共通認識であることを確認することからでした。私はこのことに同意をしています。というのは、すべてオープン、ガラス張りとなるような政府、社会、国際社会を目指すべきですが、では本当に「秘密」や「非公開」と当面はせざるを得ない領域がないかと言えば、事はそう単純なものではなく、私たちの生きている時代はもっと複雑なものです。だから、「非公開」や「秘密」とされている領域は現に存在し、放っておくと政府の「秘密」や「非公開」の領域がどんどん膨らんでしまう、という状況にあります。

 これに対して、情報公開制度を活用して情報公開請求を行ったり、非公開となった場合に争ったりして公開範囲の拡大を市民は目指します。こうした取り組みを通じて、政府は開かれていく、組織運営が変わっていくことを期待しているわけです。ところが、情報公開請求という形で「非公開」や「秘密」の扉をノックできているのは、一部分です。だからもっと情報公開制度を利用して行く必要があるわけですが、一方で、そうしている間にも「非公開「や「秘密」の領域は広がっていく。それをコントロールして拡張させない仕組みがあるかというと、そうではないという問題が現実として横たわっていまっす。

 特定秘密保護法案は防衛秘密以外にも、外交、防諜、テロ防止分野にも秘密指定、罰則の強化などの法制を導入するというものですが、この法案が仮になくなったからと言って、「秘密」がなくなるわけではない。この問題に対してどう向き合うのか、ということを考えなければ、政府の抱える秘密の領域や量をコントロールすることも、秘密を秘密のまま闇に葬らないこともできないというジレンマがそこにはあります。
 
 そこで、特定秘密保護法案だけでなく、すでにある秘密保護法制、法律ではないものの秘密保護のための仕組み、そして仕組み以前に、「秘密」「非公開」を抱え込みやすい政府に対してどのようにアカウンタビリティを果たさせるのか、知る権利を保障させるのか、という議論は不可避であると思います。

 そこでさらなるジレンマが起こります。それは、「秘密」や「非公開」とされる情報は、そのものが公開されている情報に比べて重要性が高いものということもできます。歴史的な重要性があったり、時間の経過とともに公開をして後世の検証に委ねるべきものであったりします。そうすると、こうした情報をどう廃棄させずに保管し、時間の経過とともに公開をしていくのかという仕組みも必要になってきます。そこで公文書管理法の制定に至ったわけです。

 ところが、自衛隊法に基づく防衛秘密は公文書管理法の適用除外であることがわかり、結局のところ、秘密とされている文書については、それを廃棄せずに長期的に保管をしていく仕組みに不備があることがわかりました。防衛秘密は分かりやすく公文書管理法の外に出ていますが、適用を受けていても秘密としている領域について、どこまでそれを歴史的に残す仕組みが整っているのかと言えば、はなはだ心もとないです。公文書管理法では、文書の廃棄にあたっては内閣総理大臣の同意を得るということになっていますが、実質的には内閣府の公文書管理課が、行政文書ファイル管理簿をもとにチェックをしていくということになります。おそらく行政文書ファイル管理簿だけでは、機密性、秘密性、それによる歴史的な重要性などを審査しきれないと思われます。そうすると、実質的チェックの仕組みはないといえそうです。

 こうしたもろもろのことを踏まえると、やはり秘密情報を増やさないための対策、秘密情報を闇に葬らない仕組みがなけれならないのではないかと思います。秘密保護の仕組みは、こうした仕組みとセットで本来は導入されるべきものですし、悩ましいのはこうした監査・監察や秘密文書の長期保管と公開は秘密指定という仕組みがあって仕組み化されるという側面があるということです。

 というわけで、特定秘密保護法案についてはいろいろな意味で取り組みをしなければならないのですが、政府の秘密の範囲や量をどうコントロールをし、アカウンタビリティや知る権利の保障を進めるのか、という意味では、すでにある政府の秘密も踏まえた思考が必要ではないかと思うわけです。微妙な意見ですが、現実を見ないで原則論だけ掲げて、価値の対立の問題として片付けられるのは、やはり自分たちにとってはとても損であると思うので、現実的に何を目指すのか、どうこの問題と向き合うのかは自分なりに考えなければならないと思っています。
 
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by clearinghouse | 2013-09-17 09:37