「秘密を保護することは正当性がある」と「正当性がある秘密を保護する」ということ

 特定秘密の指定・解除、適性評価などの基準などについて意見をいう情報保全諮問会議が始まり、議事概要も公表されました。割と詳しめの議事概要です。

 情報保全諮問会議
 http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/jyouhouhozen/index.html

 議事概要を見ると、有識者の役割や諮問会議の役割とは一体何なのかは、政府、有識者がそれぞれ解釈をしているという状況であることだけはよくわかります。しかし、肝心の役割は何かというところがいまいちわからない。役割がはっきりしないということは、全体の政策決定プロセスのフローと責任があいまいということでもあるので、これから状況の整理をもう少し行っていきたいと思います。これは、形になってきたら改めておそらく情報クリアリングハウスのサイト本体でご報告することとしたいと思います。

 今回は、それよりもそもそもの頭の体操を少し。特定秘密保護法や情報公開法の外交・防衛・治安維持分野の不開示規定(5条3号、4号がそれです)についての議論の焦点・的が何なのか、ということをここのところ考えています。というより、だいぶ前から秘密と非公開をめぐる議論でぼんやり考えていたものが、この間のもろもろの動きで頭の中で整理されてきたという感じかも。

 特定秘密保護法は、最大の政策効果がセキュリティクリアランスの法的根拠となることと、強化した罰則の対象を決めることにあります。この議論のスタートが、実はとてもたちがよろしくない。それは、何が正当性、正統性のあることなのかという議論をすっ飛ばしているからです。

 ちょっとした頭の体操ですが

 秘密を保護することは正当性がある

 正当性がある秘密を保護する


は、ほんのちょっと言葉を入れ替えただけですが、全然違う意味になります。正当性を「正統性」とすると、また意味が変わってきます。ややこしくなるので、ここはあまり深入りしません。

 外交・防衛・治安維持分野の一定の情報に秘匿性を認めるかどうかは、その正当性次第ではないかという議論は、ちゃんとした方が良いと考えています。「秘密を保護することには正当性がある」という論の立て方にすると、秘密や非公開の範囲に入る政府活動の正当性は無前提に認め、だから当然にその秘密を保護するということになります。要は、秘密の範疇に入る政府活動の正当性は問われていないということになります。

 一方で、「正当性がある秘密を保護する」となると、秘密そのものの正当性が問われ、正当性があれば保護しましょうということになります。秘密の範囲で行っている政府の活動の正当性も問われるということになる。この両者の違いを十分に認識をして、後者について真面目に議論をすることが、非公開や秘密を認めるか否かという議論にとっては不可欠な視点ではないかと考えています。

 特定秘密保護法を見ると、特定秘密を保護する理由が「国及び国民の安全の確保」ということで、これ自体に正当性がないとは言いにくいところです。ただ、何を特定秘密とするかという判断には、正当性の判断がない。不当性を排除する仕組みもないので、法律の運用に当たっては法的には正当性という観点から物事をチェックするという機能が働きにくいものになっています。

 もちろん、政府は間違えない、あるいは真面目にちゃんとやっている、というお得意の無謬性の論理が発動されているとするならば、当然に正当性の確保が図られる、ということになるのでしょう。ただ、こういう無謬性の議論が非建設的な議論や対立論を生み、それに終始させて本質的な議論が回避される原因にもなるので、この罠にはまってはいけない。

 この正当性の判断がされる基準になっていないのは、情報公開法のの不開示規定も一緒です。外交・防衛に関する不開示規定は次のような内容です(5条3号)。
公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報

 「信頼関係を損なう」という主観的な判断基準、「不利益」という要件は若干客観性があるかもしれませんが、交渉上の不利益となると主観的な要素が強い形になります。要は、正当性や不当性の判断基準がない上に、「行政機関の長が認めるにつき相当の理由がある」という行政判断の裁量の大きな文言があるので、この不開示規定だと、行政機関が非公開と判断したらそれはよほどのことがない限りは正当なものであるという、言葉で直接あらわされていない条件が付加されている形式であります。

 情報公開法の外交防衛、治安維持に関する不開示規定については、改正すべきとの意見は根強く、私自身もこの規定の改正が必要だと強く考えている一人です。不開示規定にしても特定秘密にしても、正当性を前提としていないのであれば、それは政府活動そのものの正当性が、情報を非公開や秘密としている分野では疑義の対象になり続けることになります。

 本来は、正当性を要件として非公開や秘密を判断し、それでも問題が起こるので監視機能が必要という議論であるべきですが、正当性の要件なしに政府を信頼しろという政策を作り、それに対していちいち信用できないという全能的な監視機関を設けようとしても、それが実現したことはないというところに陥っているように思うわけです。

 ここまでお読みいただいてお気づきの方も多いかと思いますが、実際のところ非公開や秘密という存在は、その範疇にある政府活動そのものと切り離せない問題であります。何が非公開や秘密として認められるべきかは、政府活動の性質や状況、その妥当性から判断されることになるからです。

 情報公開制度の運用でも、非公開決定に対する不服申し立ての審査では、秘密や非公開情報だけ見せられて、それだけで妥当かどうかが判断されることはなく、たいがいどういう文脈の中でその情報が用いられ意味を持ち、公開と非公開・秘密の利益衡量を行うのなどがされるのが一般的です。

 非公開や秘密を認めないという立場である場合は、情報公開制度が非公開規定を持っているものですので、その存在そのものも否定されているのだと思いますが、私自身はより良い情報公開制度を作ることを目指しているので、以下に非公開範囲を拡大させずに原則公開を徹底させるかということを考えます。そして、原則公開を徹底させるためには、行政運営が適切で秘密や非公開を生みやすい組織体質、業務遂行ではないことは、必須条件だと考えています。
 
 というわけで、いったい何をこれから議論をしていくことが、秘密や非公開を減らし、情報の流通が遮断されない政府や社会をつくることになるのか、ということは、特定秘密保護法という問題から改めて引き出された課題であります。こういう頭の体操をしながら、何を形作るかもう少し考えていきたいと思います。
 
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by clearinghouse | 2014-01-29 22:22