特定秘密保護法の国会監視機関をめぐる話が国会の役割放棄になっている件

 特定秘密保護法が国会で成立する直前の2013年12月5日の4党合意で、国会にも監視機関を作る、という以下の合意をしていた与党と2つの野党。
5. 政府から特定秘密の提供を受ける場合における国会での特定秘密の保護に関する方策についての附則10条の規定に基づく検討に当たっては、特定秘密を取り扱う関係行政機関のあり方及び特定秘密の運用の状況等について審議し及びこれを監視する委員会その他の組織を国会に置くこと、国会において特定秘密の提供を受ける際の手続その他国会における特定秘密の保護措置全般について早急に検討を加え、本法施行までに結論を得るものとする。

 このために、衆議院国家安全保障問題特別委員会所属の与野党議員が、アメリカ、イギリス、ドイツに視察に行ったのは、この1月のことです。

 その後、自民党と公明党でそれぞれ国会の監視機関のあり方について党内での検討がされ、両党の間の考え方の差が結構大きいことが、この間報道されています。例えば、以下のような時事通信の記事。

 「国会監視機関、自公に隔たり=指定適否への関与焦点-特定秘密」(2014/3/10 時事通信)
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201403/2014031000812

 議論を見るにつけ、特定秘密保護法という流れで出てきた国会監視機関であるから仕方がない部分もあるものの、国会の役割放棄としか言いようがない議論の流れで、つくづく情けないと思ってしまいます。アメリカ、イギリス、ドイツで国会議員の皆さまは何を見てきたのでしょうか。

 特定秘密の指定・解除のみを国会が監視をするという発想自体が、本当はおかしいということから議論を始めてほしいと思います。国会に特定秘密を提供する条件整備についても議論の対象になっていますが、特定秘密を見るというときは国会が行政府のとりわけ安全保障部門の秘匿性の高い政府の活動についての監視活動を行うため、という意味合いでなければ、秘密を覗き見たいだけの話になってしまいます。要は、政府が秘匿している情報を国会が提供させるということは、国会そのものが行政府に対する監視機能としての責任をまっとうするという大前提がないと本当に変な話。

 特定秘密保護法の国会審議中に、国会に特定秘密を提出する条件についても、国会議員の活動を制約するとか、国会軽視などと問題視する意見もありました。一面ありますが、むしろ、秘匿性や非公開の範囲の広い政府活動分野を、どうやって監視するのか、公開できる情報をもとにしか監視活動をしないのか、というそもそもの立法府としての役割は、議論の前提として飛んでしまっている。特定秘密保護法を批判するための議論であればそれでいいと思うんですけどね。でも、そもそも秘匿性や秘密性の高い政府活動は、暴露やリークによってしか追求できないという国会だとすると、それは本来の機能を果たして言えるのか、という疑問には誰も答えてくれません。

 そして、情報公開制度に関わっているとよく理解されていると思うのですが、そもそも情報公開制度で非公開・公開について判断するときも、請求対象になっている文書そのものだけというよりも、その文書が発生している事務事業の性質などから、その文書が非公開とするべきものかどうかを行政は判断していと思われます。非公開決定等を審査する情報公開審査会の委員をしていたことがありますが、その時も非公開文書を実際にインカメラ審理で観るだけでなく、どういう事務事業の中でどういう形で文書が作られ、どういう意味があるのかを確認するということは、最低限していました。自分が非公開を争うときも、主張はそういう視点から述べることが多い。情報は、単体で存在をしているわけではなく、仕事の中で発生しているということを忘れてはいけないと思うわけです。にもかかわらず、特定秘密を見れば特定秘密として妥当かどうかなどが適切に判断できるというのも、ちょっと変な話なんです。

 こういう話が整理されずにずるずる来ているのが、ずっと尾を引いている。くだんの時事通信の記事には、
 自民党は今月、(1)監視機関は特定秘密の内容は確認するが、政府による秘密指定が適切かどうかは判断しない(2)常任・特別委員会の要請があったときに限って開催する-との素案をまとめた。一方、公明党は、秘密の指定や解除が妥当かどうかを恒常的に判断する機関とする案を決め、自公間には大きな開きがある。
(略)
 自民党内には、もともと国会に特定秘密を提供すること自体に慎重論がある。情報漏れへの警戒が強いためで、特定秘密に触れる議員をできるだけ減らす仕組みにしたい考えだ。

とあります。自民党は、秘密指定の仕組みが適切に運用されているか否かを監視することは事実上放棄、情報漏えいへの警戒があって国会に特定秘密の提供そのものをさせたくないので、秘密を作るが秘密の中で行われている政府活動の監視は放棄する、ということを考えているよう。一方の公明党は、特定秘密を見られれば秘密指定の妥当性を判断できるという前提で考えていて、その秘密を知ることと秘密で行われている政府活動の監視というところは考慮されていないよう。

 とにかく、「特定秘密」という秘密を作り、情報漏えいや一定の条件での取得、その未遂や共謀、教唆、扇動に厳罰を科すという法律を作った以上は、秘密の中で行われている政府活動の監視は自分たちできっちりやります、責任を相応に負います、と国会は本来は言うべきなのではないか、と思うわけです。

 アメリカに視察に行ったのであれば、こういう話を聞いてきたのではないか、といいたいところです。行政監視活動が基本で、その中で機密指定制度のアセスメントもしているというのが、私が聞いてきたアメリカの上院情報問題委員会でしたし…。

 そういうわけで、特定秘密保護法をめぐる国会の監視機関の議論は、正直、国会の本来の役割放棄、そして政府の秘密を認めてその中で行われる政府の活動は監視をしないという、日本ならではのおめでたいとしか言いようがない話になっている、ということを、私たちはもっと重く見ないといけない、という話でした。
 
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by clearinghouse | 2014-03-14 23:02