特定秘密保護法の施行を受けてこれまで考えてきたこと、今考えていること

 特定秘密保護法が施行され、そろそろ良いかなと思うので、この問題についてこの際、いろいろこれまで考えてきたことを整理しておこうと思う。

 特定秘密保護法によって、罰則強化問題は別にして、政府の持つ秘密に対して関心が向いたことは逆説的だがよかったと思っている。

 個人的には情報公開法が成立した1999年当時から、次の課題と認識しつつも議論を表面的にできてこなかった、政府の秘密指定という仕組みについて、向き合わざるを得なくなった出来事だった。当時から、安全保障、治安維持分野に関しては、一定の範囲で秘密を認め、確実に公開に転換させる仕組みを入れなければ、情報公開は本質的には進まないと考えていたし、記録が残される土壌ができないだろうと考えていた。

 それは、多くの人が単純に称賛するアメリカの情報自由法や情報公開のあり方を、冷静に構造的に見れば、それが一目瞭然だったからだ。過去の外交、安全保障などの情報の公開は、秘密指定と解除によりもたらされている。加えて、情報公開の仕組みがあることが、実は情報公開が進んでいると見える、社会システムの強みだと1999年当時の私でも理解できた。

 秘密指定の仕組み自体は、秘密保護法制があろうがなかろうが日本にも存在してきている。情報公開法の検討過程でも、この秘密指定についても触れたところがある。しかし、当時の判断は、少なくとも私の理解する限り、とてもそういうことを冷静に議論できる土壌が社会にない、それは官にも市民社会にも双方に、というところだったと思う。

 結果的に、秘密指定制度に向き合わないまま、情報公開法制、公文書管理法制がなされ、秘密を民主的にコントロールすることも、それを秘密をそれとして記録管理をするという仕組みも不十分なままにきたし、今でもその問題が解決しているわけではない。実際には政府内には、内部ルールで秘密指定情報がたくさんある中で、特定秘密を特に保護する仕組みをつくろうというのが、特定秘密保護法だった。

 だから、政府が秘密が増えるわけではないと説明するのは、すべて嘘というわけではない。既に存在している秘密指定情報を、特定秘密とそれ以外の秘密に再構成するのが、特定秘密保護法の作用の一つだからだ。だから、強化した罰則の対象となる秘密とそれ以外の範囲を区切るのが特定秘密保護法だと言って良い。この考え方に対しては政府は、罰則の対象を定めるためのものではないと言っているが、それは違うと思う。特定秘密にならなければ、強化された罰則の対象にならない以上は、特定秘密にする否かは厳罰を持ってでも秘密とすべき情報か否かという判断基準がそこになければおかしいからだ。

  この秘密の民主的コントロールの問題が、特定秘密保護法のような罰則強化の議論とセットになったことが、この1年以上にわたるさまざまな状況の中での最大の不幸だと思っている。罰則は別にして、まずは秘密の総体を減らして公開に転換させる仕組みがなければ、外交、安全保障、治安維持に関する日本の情報公開はこれ以上はなかなか進まないという現実的な問題はあって、それへの解決を具体的に考えることは非常に重要な課題だと思っている。それは、秘密があるかどうかとか、秘密を認めるか否かという議論など無意味なくらい、現実に秘密指定文書がたくさんあるからだ。罰則をどうするかなんてことの前に、こっちの議論が先だったが、特定秘密保護法はそういう発想で立案されたものではそもそもないので、罰則強化による秘密の閉じ込めが問題になるのは当然の結果だった。

 特定秘密保護法が施行されて、特定秘密が増えることを警戒する人も多い。しかし、私自身は、政府の秘密総体をどうコントロールしていくかを考えていかなければ、特定秘密だけを見ても「政府の持つ秘密」という大きな問題は何も見えてこないと思う。それは、特定秘密は指定や指定期間の設定、一定の管理をしなければならず、報告義務の一定の範囲であり、まがいなりにも監視対象と認識されたものになったからだ。要は、行政的には面倒くさくわる目立ちする秘密になった。そうすると、どうしても特定秘密にしなければならない事情のあるもの以外は、特定秘密以外の内部ルールの秘密に指定しておいた方が、指定も管理も緩く扱い安いということもあり得る。要は、どっちにしておくことが「お得か」ということなのだ。特定秘密が裁量的に増え行くことも警戒をする必要があるが、こういう裁量が働きうる構造になっている。

 この特定秘密以外の内部ルールに基づく秘密指定については、統一ルールが現在検討されている。本当は、法施行までにできていなければならないはずだったものが、遅れている。こっちも見た上で、政府の秘密を総体として減らす、民主的にコントロールをする形にしないと、私たちは政府の秘密の何に向き合っているのかが分からなくなる。こうした議論の布石として、情報公開クリアリングハウスとして、現在の政府の秘密指定・秘密保護の内部ルールを調べてきた。次は、どういう仕組みが望ましいかということを形にしなければと思っている。

 情報公開が必要だとか、大事だとか、非公開はおかしいとか、秘密はおかしいとか言っていても、何も変わらない。特定秘密保護法だけ見ていても、政府の情報公開を拡大させたり、秘密を減らすことはできない。だから、特定秘密保護法の問題とともに、どんな社会を目指したいのかということも考え、そのために必要だと思うことを、一つ一つ積み上げていくことがとても大事だと思っている。それは、過去と今の類似性を指摘して危機感をあおるだけでなく、こういう積み重ねが、過去から学び、未来につなげるために必要なことは何かを考えることであるとも信じている。
  
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by clearinghouse | 2014-12-14 22:59