ISIL(いわゆるイスラム国)による人質事件が最悪の結果をむかえ、政府の対応が適切であったのかどうか、さらに言えば今の政府の外交政策、安全保障政策が、日本の安全を確保し、世界の平和の構築に戦略的に貢献しているのかが、客観的かつ公平に検証される必要性があると思うのは、当然のことだろう。政府が、これから安全保障政策を転換させる法制を整備する方針ならば、なおさらだ。

 ところが、検証という点では何だか変な状況になっていると思う。

 特定秘密保護法が施行されて間もなくということもあり、国会での審議で4日、総理が人質事件に関連する情報が特定秘密の指定対象になる可能性があると言及している。

 国会検証進まず=情報開示に限界-人質事件(時事通信 2015/02/04)
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201502/2015020400848

 このこと自体は、それもあるだろうと思っている。外国機関からどの程度の情報があったのかわからないが、そもそも「特定秘密に該当するものがない」ということになると、その程度の情報しか収集できていないというある種の無能力を証明するようなもの。だから、仮に特定秘密の指定対象になるようなものがなくても、特定秘密として指定しておくだろうし、仮に特定秘密となることがないと答弁すると、無能力の証明になるので、とりあえず「特定秘密の対象になる可能性がある」と答弁する以外の選択肢はないだろう。

 ただ、特定秘密かは別にして、情報はそれを活用する能力と一体になって初めて意味のあるものになる。特定秘密のような秘密指定された情報は、単純に秘密として保護をすればよいというものではなく、本質的には、秘密指定情報がより良い政策決定のために活用されなければ、単に政府の無能力を隠すための手段にしかならないからだ。つまり、より良い政策決定をして、さらにはその政策決定をより良いものにするために検証・公開という政策サイクルを実行をすることが、本当は最低限確保されていなければならない秘密指定制度の条件のはず。しかし、今回の一件は、そもそも情報があってもそれを活用する能力が政府にあるのかそのものが問われているように思う。それは、大局的に物事の文脈を見る力や、それをもとにして大局的に判断する力ということなのだろう。だから、どの程度の検証能力が政府にあるのか、そして何のために検証をするのかという意思と意図が問題になってくる。

 2月10日に検証委員会の初会合があったとの報道があり、結果の公表などは公開できるものだけする方針であるとのことだ。基本は政府内部で検証し、外部有識者も一部関与するようだ。

 人質事件検証に秘密法の壁=野党、政府主導を疑問視(時事通信 2015/02/10)
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201502/2015021000903&g=soc

 ただ、アルジェリアでの事件の際の検証委員会検証報告書のようなものしか公開されないと、時系列でかつ報道ベースでもわかることをまとめて、問題なかったという根拠の示されない結論で終わってしまう。

在アルジェリア法人に対するテロ事件の対応に関する検証委員会検証報告書
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/alg_terotaiou/kensahoukokusho20130228.pdf

 しかも、時事通信の記事によると検証作業は「内閣官房や外務省、警察などの関係省庁が主導し、作業に関与する外部有識者への情報開示は特定秘密保護法の制約で限界がある」とのことだ。これはあかん。というより、特定秘密保護法が、必要な人に秘密を開示してより良い政策決定を行うためのものではなく、必要であっても開示せずにとにかく抱え込んで奥の院に封じ込めて漏れないようにすればよいという制度的作りになっていることを象徴するようなことだ。

 外部有識者であっても、より良い政策判断をしていくためには十分な検証が必要だとするならば、特定秘密であっても示したうえで検証を行うべきだろう。特定秘密だから提示できないというのは、そもそも法律がこうしたより良い政策判断ためや、より公益に資する場合の情報の利用を想定していない証左でもある。そういう特定秘密保護法があるのが、一番の問題だ。

 ただ、一方で安全保障分野の情報公開をどう合理的、公益的に進めるかについては、議論が足りていないのも事実。特に、安全保障や治安維持分野は、情報公開法上も実態的にも、無謬的な公益性や公共性を前提にしているところがある。公益性や公共性に対するアカウンタビリティを果たしてきているとは言い難い。

 安全保障や治安維持分野の情報公開はどこの国でも難しい。だから、ツワネ原則が本当は作られた。この原則は、日本では特定秘密保護法反対のキャンペーンツールとして単に消費されてしまったきらいがあるが、実際には、ツワネ原則に照らせば、情報公開法そのものをまずは見直す必要がある。しかし、情報公開法がツワネ原則に反しているところがあると言っても、多くの人がピンと来ないようだ。反対のために持ち出す意味では分かりやすいけど、実際に政策レベルにあの原則を落とし込むとどうなるかという想像力が欠如しているからだともいえる。

 大きなことはできないから、できることを一歩一歩、取り組んで行くしかない。今いろいろ手を付けているので、これから具体化していきたい。
 

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by clearinghouse | 2015-02-16 21:55