本を作りました。今日発売です。一応、編者でもあり、執筆分担もしました。



 憲法、人権、社会保障、財政、安全保障、教育、政治と議会の7分野、79のQ&Aです。

 こういう本を作ることに関わるとは思ってもいませんでしたが、情報公開に関わっていると、いろいろ意見や議論があるのはとても良いと思う一方で、議論や意見の基盤となる事実や情報の共有が乏しく、メディアやネットメディアの発する感情を刺激する言葉に反応した議論や意見が散見され、それが本来の健全な異なる立場同士の議論を妨げているように思う場面に多々出会います。今の社会を俯瞰して、この国がどういう方向に行くにしても、これは知っておいた上で物事を選択してほしいということ意味を込めて作った本です。

 参議院選挙の前に出そうということで、このタイミングでの出版となりました。が、内容は選挙用ではなく、社会をどう見るかという普遍的なものです。

 ぜひ、お一読ください。(と思ったら、amazonは一時的に在庫切れのようです。ありがたい。すぐに入荷されると思いますので、ぜひ)
 
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by clearinghouse | 2013-06-20 21:57

 復興庁の幹部によるツイート問題ではすでに批判、追求、意見、そして少しちがった見方など、いろいろなものが世の中に出て、この幹部職員は復興担当を外れ、今後の処分もありそうな状況です。個人的には、もっとも話題になっているものではなく、仕事柄、以下のことに目が留まりました。

 復興庁暴言ツイート:出張記録開示請求に「粘着やだね」(毎日新聞 6/4)
 http://mainichi.jp/select/news/20130614k0000m040131000c.html

 簡単に言ってしまえば、この幹部がツイートをしている内容が実際の業務とあっているかを、この問題を最初に世に出したourplanetTVが検証するために、個人を特定して出張記録の公開請求を求めたところ、このようなツイートをつぶやいたというもの。この幹部職員は、報道によれば情報公開請求を所管するところにいたそうで、請求対象情報に関しては定型的で隠滅も何もできるものではないので、実害はなかったのでないかと思いますが、この「粘着やだね」という言葉を発する感覚は、情報公開制度をする側と受ける側の関係を象徴しているようにもみえます。

 情報公開請求そのものは法律に基づいた正当な市民の権利行使であって、制度にしたがって、請求者も行政も粛々と進め、行政にとっては日常の当たり前の業務として対応してほしいものです。そこに、とっても主観的な「粘着やだね」という、制度とはおよそ関係のない感想をもちつつ、業務を行っているところが、市民感覚からすると嫌な感じがするところです。

 ただ、これはこの幹部だけの問題ではないものです。私自身も多く情報公開請求をしていて、この2年くらいはかつてない量の請求をしていますが、日頃、どこかこの幹部と同じような感覚で請求者に接してくる職員に出会うことがあります。情報公開請求が日常業務であるという意識がなかったり、あるいはそもそも何で情報公開請求なんてするんだという警戒感があったり、背景はいろいろだと思いますが、請求があると制度があるから当たり前ということ以上に、主観的な反応を引き起こしそれがにじみ出てきたり、件の幹部のような反応が出てきたりと、いろいろ嫌な思いもするものです。もちろん、そうではない職員にもたくさん行きあいますので、みんながそうではなく、多くはまっとうに対応をしてくれますから、請求者は相手の悪意を警戒したり、否定的な見方ばかりする必要はないです。そうはいっても、こういう主観的な言葉が漏れてくるのは、それだけ行政と市民の関係が健全でも建設的でもないからであろうと思います。

 この行政と市民の関係という視点から言えば、今回の問題を受けての復興担当大臣の、復興庁幹部を前にした訓示で「大事なのは真心だ」と述べたというのも、どこかずれていて健全でも建設的でもないと受け取れます。被災者や避難者の置かれている厳しい状況を理解し、共感し、受け止めていくことは何よりも大切ではありますが、それで気持ちが救われたとしても現実の生活の厳しさは変わりません。「真心」という言葉や態度だけでなく、それを形にする政策や支援の方が求められているところに、それがなかなか進まないのが、今回のツイート問題の裏側にある本当の問題でもあります。

 もう少し、建設的、健全な関係が世の中に広がるといいのに、と思う次第です。
 
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by clearinghouse | 2013-06-14 21:00

 昨日は、日隅一雄・情報流通促進基金の授賞式でした。第1回の大賞に情報公開クリアリングハウスを選んでいただいたので、授賞式に出席しましたが、それに際していろいろ自分たちが(というより自分が)やってきたことを何となく振替える機会となりました。

 情報公開や個人情報保護に関わる問題・課題の末端の方で、ずっとこの分野を眺めてきましたが、これらの分野に限らずどんな社会問題・課題でも思うのが、「目的」と「手段」のややこしいというか、間違ってはいけない関係を意識しなければならないということです。それは、情報公開や個人情報保護は、それ自体が目的化しがちだからです。

 情報公開制度に関わっていると、情報が公開されていないというところが制度を使う出発点になります。また、現実には情報公開制度を使わずに、情報の公開を要求するという場面が多々あります。情報公開を求めるということは、公開された情報を使って何かをしたい、何かを変えたいという先につながる行動があるはずなのですが、情報が公開されるか否かは、それだけで立派な争点になるので、「情報公開を求める」という行動そのものが、相手との対立点になり、それを要求し続けることで争点や対立点の提示がし続けられてしまう、という悩ましい問題がそこには出てきます。情報公開は何かのための手段であったのに、それそのものが目的化してしまうことがあるのです。

 特に、情報公開制度がある政府や自治体に対して、制度を使わずに情報公開を求める場合は、この構造にはまってしまうことにはとても注意が必要です。情報公開を求める先には、必ずその情報を必要とした問題や課題があり、行動が必要だという構造で考えれば、情報公開されるか否かに留まっていると、本来のスタート地点にも立てていないということになってしまう。もちろん情報公開がされるか否かは非常に重要な争点で、情報公開なしに私たちが行動することは、多くの制約を伴います。そもそも、情報公開がなければ、共通の情報前提がないので、お互いの主張を言い合うか、あるいは一方的に批判や主張をするというだけになってしまうので、情報公開にはこだわらなければいけないと考えています。

 もっと気をつけなければならないのは、個人情報保護について考えるとき。個人情報保護こそ、個人情報を保護することのみが目的化しやすいからです。それが悪いということではなく、そもそも個人情報保護制度なり、個人情報を保護する仕組みが必要なのはなぜかというところに立ち返らないと、そもそもどのような制度やどのような保護が必要なのかというところに議論が深まっていかないことになります。何のために個人情報保護制度は手段であって、それを通じて何をするのかという目的が共有されていなければ、手段をどうするかということが議論の目的になってしまうという危険がそこにはあります。特に、これまでの個人情報保護制度という枠組みで物事を考えるのが果たしてよいのか、ということが情報環境の変化でだいぶ前から課題となっていたはずですが、そこからスタートせずに制度への賛否から議論が始まってしまうところに、手段が目的化してしまっていると個人的には感じてしまいます。

 同じことは、実は選挙でのインターネット解禁でも感じるところです。それは、選挙でインターネットを解禁するということは、あくまでも手段であるので、それそのものが目的ではありません。インターネットの解禁はとても良いことだと思いますが、それが到達点であってはいけないということです。それによって、選挙の、ひいては候補者と有権者の関係の何を変えるのかという目的を、本当はもっと考えなければいけないのではないのかと感じるところです。

 これがすっきりと整理されている人は良いのですが、ついつい目の前に情報公開や個人情報保護の問題があると、油断するとすぐにややこしいことになってきます。だから、「手段」と「目的」の関係やややこしい。両者の関係を意識しながら何事も追求しなければならないと思うわけです。
 
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by clearinghouse | 2013-06-13 21:12

 6月5日に開催された福島県県民健康管理調査検討委員会は、委員から福島県立医大の関係者が抜け、人がかなり入れ替わりました。甲状腺検査の実施状況も、一次検査の市町村別一覧だけでなく、二次検査の実施状況も市町村別のものが資料として配布され、以前の情報公開請求をしないと一次検査の市町村別結果も公開されなかった状況とは彼我の感があります。情報が公開され、共有されることで議論の前提となる共通基盤が一つできてきたということであると思いますので、ここからどういう議論が進むのかを注意してみていきたいところです。

 福島県県民健康管理調査検討委員会の資料は こちらから

 情報公開は進みましたが、変な矛盾も発生しています。県民健康管理調査検討委員会では、甲状腺検査結果の市町村別一覧と二次検査の実施状況が資料として配布され、福島県のホームページでも公表されています。この検討会の開催からさかのぼること1カ月ほど前、甲状腺検査の市町村別一覧を含む情報を情報公開請求をしていました。ちょうど、検討委員会が開催されたその日に、一部公開された文書が手元に届きましたが、見てびっくり。情報公開請求をして公開された文書では、2012年度の甲状腺検査結果の市町村別の結果と二次検査の実施状況が非公開になっていたからです。

○2012年度中の甲状腺検査の一次検査結果の市町村別一覧

 検討委員会での配布資料
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 情報公開請求で公開された資料
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○甲状腺検査の二次検査実施状況

 検討委員会での配布資料
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 情報公開請求で公開された資料
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 なんでこんなことが起こっているのか。それは、情報公開制度がもつ、理屈がつけば非公開という判断もできるというある種の性質が出ているからであろうと思います。非公開になった市町村別の結果は、検討委員会で配布された資料の作成時点とずれています。甲状腺検査結果の集計は、情報公開請求して特定されているのは2013年4月17日現在のもので、3月15日検査分までの結果確定という記載があります。一方、検討委員会で配布された資料は、2013年3月31日現在。二次検査の実施状況は、情報公開請求で特定されたのは2013年4月8日現在のもの。一方検討委員会では5月27日現在のものが資料として出されています。時点の違う資料なので、情報公開請求でも公開されている合計だけ見ても、数字が異なっているのがわかります。

 おそらく、このことを受けて、「途中経過の状態で情報を開示することは、検査結果について誤った判断や認識により無用の不安を招き、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」とう理由で、非公開決定をしたのではないかと思います。ただ、時点が違うことは資料から見てはっきりしているので、数字が検討委員会の資料と異なっても何も不安を招くことにはならないと思うので、県立医大が不開示理由に該当すると判断するのは裁量的な判断なので勝手ですが、そもそもこういう理由で非公開とすること自体、明らかに変です。

 さらに言えば、こういう普通の感覚から見れば明らかに変だと思うことを、条例の規定が適用できると裁量的に判断して情報公開請求に対しては非公開とするという対応自体が、そういう判断をした県立医大の情報公開に対する姿勢に疑問を抱かせ、信頼や信用を貶めることになります。そのことを考えると、こういう決定をすることにどれだけのデメリットがあり、メリットがあるのかという比較をすれば、結果はおのずと変わってくると思うのですが、そういう感覚はないのでしょうか。

 ただ、個人的には適用された非公開理由は、なかなか解釈上争いがいのあるものなので、早々に不服申し立てをしておこうと思います。申立てをすれば、決定変更なんてこともあり得るのかなとも思いますが、放っておいてよい話ではないので、ここはきちんと争う意思は示しておかないといけないところです。

 また、個人的には、検討委員会で甲状腺検査結果の資料の公開範囲が大幅に拡大したのは、検討委員会から県立医大関係者が抜けて、県民健康管理調査のデータに日常的にアクセスし、フォローをしていない委員を中心に構成されたことが響いていると言えるのではないかと考えています。秘密会問題があきらかになり、公の場以外でデータの共有などがしにくくなったことによって、いやでも検討委員会に健康管理調査関係のデータをある程度出さなければならなくなったのではないか。そうだとすると、この間、県民健康管理調査のさまざまなプロセスに関わる問題が明らかになったことは、甲状腺検査結果に限らず、大きな意味を持ってくるのではないか。そういう期待感も個人的にはあります。
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by clearinghouse | 2013-06-06 23:13