この間、情報公開クリアリングハウスで問題提起をしてきたことが特定秘密保護法案をめぐる論点としてちょっとだけだけど話が動いているのは、歓迎。私たちが一貫して問題提起しているのは、特定秘密保護法案に限らず政府が抱えている秘密をいかに民主的にコントロールし、時間軸を長くとってでも秘密扱いを解除して公開するために、秘密指定されたままでも歴史的文書として永久保存をするようにしないと、秘密指定される情報は闇の中に吸い込まれて二度と出てこないブラックホール化してしまう、ということです。

 ここまで出してきた論点に関連した動きは、以下のような感じできてます。

 そもそも自衛隊法に基づく防衛秘密も秘密の指定基準が訓令、解釈運用基準まで見てもなく、さらに防衛秘密の指定についての妥当性を監査・観察するような仕組みもなさそうで、そもそも秘密の範囲を適正に抑制する装置がないという、アメリカだと機密指定の監察機能が第三者的にあるという点については、

 クローズアップ2013:秘密保護法案 「定義」、行政裁量で 外部チェックのすべなく
 http://mainichi.jp/select/news/20130914mog00m010001000c.html

 機密指定に統一基準 政府、秘密保護法案の乱用防ぐ
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS22017_S3A920C1PE8000/

 自衛隊法による防衛秘密が公文書管理法の適用を受けていないので特定秘密保護法案も同じ問題があるという点については

 特定秘密保護法案:秘密文書残らぬ恐れ
 http://mainichi.jp/select/news/20130923k0000m010079000c.html
 
 秘密保護法案:「文書」 一転、保存ルールを検討
 http://mainichi.jp/select/news/20130928k0000m010040000c.html

 ただ、このやり方は提示した論点のつぶされ方によっては先の議論の展開がなかなか微妙になるので痛し痒しではあります。が、この間の政府や与党の対応を見ていると、ほとんど秘密を民主的にコントロールする上での秘密の保護という大きなビジョンがなく、報道等で指摘された「痛い」論点についてただただ反応しているように見えます。特定秘密保護法案は、法案を見ればわかりますが、外に出さずに以下に秘密を政府の中でコントロールをするのか、という視点しかないので、秘密であってもいかに民主制の中でアカウンタビリティを果たすのかとか、秘密の範囲を適正にコントロールするのかということを考えていないことははっきりしています。ただ、歴史的な検証もしないのかとか、秘密の指定解除の仕組みを入れますよと言いつつ、一方では秘密は秘密のまま廃棄して闇に葬ることができる仕組みをとっていることの矛盾は否定しようがないのではないかと思います。

 しかし、政府の秘密というものについて民主的なコントロールに委ねるという発想がない以上は、そのためのビジョンも持ち合わせていないのだろうと思います。政治も同じで、この間の報道で自民党から出てくる話は、「知る権利」への配慮を入れるか否か。知る権利は基本的人権か否かという、いつか見た議論をまたなさっておられます。情報公開法制定の際の15年前から本質的には何も変わっていないということが良くわかります。

 今日の公明党PTで公文書管理法の適用をすると内閣情報調査室の方が話されたとのこと。本当にそうするならそれは歓迎です。しかし、特定秘密指定をしたままそもそも国立公文書館に移管することが、今の公文書管理法や特定秘密保護法案でできるのか?という法制上の問題があるように思います。外務省を除いて特定秘密保護法案の対象となる分野の歴史文書を移管できる先は、国立公文書館しかありません。また別の問題として、行政文書ファイル管理簿は、私の聞いている範囲ではインタネット上で公表されている行政文書ファイルの名称で一元的に管理をされており、特定秘密と指定したものをどうこのファイル管理簿に搭載していくことになるのかも課題がありそうです。さらに言うと、行政文書の廃棄に当たって内閣総理大臣の同意を得ることになりますが、そもそも特定秘密であることをわかった上で廃棄に同意するのか否かを審査するような仕組みにはなっていないと思いますので、行政文書ファイル管理簿に名称もあいまいにして搭載していれば、どさくさに紛れて捨てられそうです。

 個人的には、特定秘密というカテゴリーを作るのであれば、それをきっちり管理・統制する別の文書管理のメカニズムを入れた方が良いのではないかという気がしています。単に公文書管理法の適用をさせるとなると、機密性などを考慮できないままになるのであれば、それはそれでダメージになるのではないか。機密文書として歴史的に残すか否かを審査するプロセスがあった方が良いのではないかとも思います。

 いずれにしても、秘密指定という手続を入れた上で、秘密指定文書のライフサイクルをどう考え、民主的にコントロールするのかというビジョンがないと、この辺の制度設計もできないのではないかと思います。そう意味で、構造的な欠陥のある特定秘密保護法案は、ビジョンのないまま議論をされることで構造的欠陥に手が入らないまま行ってしまうのではないか、ということを心配しています。

 ちなみに、今日の朝日新聞WEB版に、政府原案の条文がそのまま載っています。パブコメ時に公表された法案概要と内容的には一緒で、ただし最後に「報道の自由」への配慮が入っていますので、パブコメ以降微修正をしたものと思われます。

 「特定秘密保護法案 政府原案の詳細」(朝日新聞)
  
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by clearinghouse | 2013-09-27 22:17

 昨日あたりから、特定秘密保護法案について「知る権利」や「報道の自由」への配慮に関する規定を設けるなどという話が出ている。また、礒崎首相補佐官が、「原発(の情報)が特定秘密になることは絶対にない」と明言するなど、世の中で出ている反対の声の表面だけをすくいあげて、さも世の中の懸念に配慮するとでもいうような情報が流れ始めている。

 <菅官房長官>「知る権利」前向き(毎日新聞 2013.9.18)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130918-00000043-mai-pol

 礒崎首相補佐官、特定秘密保護法案「原発情報は対象にならず」 (日経新聞  2013.9.19)
 http://www.nikkei.com/article/DGXNZO59891960Z10C13A9PP8000/


 「知る権利」「報道の自由」への配慮はあった方が良い。原発情報は対象にならないというのも良い。でも、これらは特定秘密保護法案の本質的な問題からはかけ離れている。知る権利等への配慮は、内部に閉じて誰も検証できない特定秘密保護制度の解釈運用指針に多少考慮されるかもしれない。刑事訴訟になった場合には解釈や適用をめぐって多少の意味があるかもしれない。しかし、こういうことで法案の問題点が解消されるわけではないことは明らかだ。

 「いちからわかる特定秘密保護法案~特定秘密保護法案は秘密のブラックホール?」でまとめたとおりだが、この法案は構造そのものが知る権利の保障や政府のアカウンタビリティを果たすという視点が全くないものであり、そのことが知る権利や報道の自由への侵害につながるということが問題なのだ。要は、知る権利や報道の自由などとの関係でいえば、決定的な欠陥を含んでいるのだ。

 構造的な問題とは、秘密の範囲や保存期間、秘密指定の解除、歴史的文書としての永久保存などを管理・監察・監督する仕組みが全くないということだ。特定秘密保護法案がなくても、自衛隊法に基づく防衛秘密があったり、情報セキュリティ基準などで秘密指定と同様の扱いをされている「秘密」や「非公開」情報は存在している。これまでずっと問題になってきているのは、実は法制度があるか否か以上に、こうした「秘密」や「非公開」となっている領域・文書について、それを適正化する、合理化する、不必要な秘密や非公開は作らない、秘密・非公開文書を重点的に歴史的文書として残していく、というメカニズムがないということだ。だから、非公開範囲や、秘密として内部に抱え込まれる範囲も広がりやすいまま、放置されてきている。

 問題は、特定秘密保護法案だけではなく、そもそもの構造に問題がある上に、特定秘密保護法案というふたがさらに閉められようとしているということなのだ。一度秘密指定されると、出口のないブラックホールに秘密が吸い込まれる、そういう構造が法的に正当化されようとしている。

 そのことを問題にせずに、「知る権利」等々への配慮を明記する、原発情報は特定秘密にならないなんてことでお茶を濁そうというのは、あってはならない。その問題に向き合えないとするならば、そのこと自体が知る権利等への根本的な理解を欠いている政府と国会という証明に他ならない。もう少し良識があって欲しいし、そうでなければならないと思う。
 
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by clearinghouse | 2013-09-19 16:33

 久しぶりの更新は中国から。ここは軒並みSNSが使えず、エキサイトブログはなぜか本文の方はアクセス制限がかかって見られないのに、管理者画面には入れるという、なんだかよくわからない状態です。このタイミングでSNSが使えなかったのがかなり痛かったのは、特定秘密保護法案のパブコメ時期と重なってしまったこと。

 特定秘密保護法案概要のパブリックコメントは、今日が締め切りです。

 「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見募集について(9/17締め切り)

 これについては、情報公開クリアリングハウスのサイトに私なりの解説を載せてあります。よろしければご参照ください。

 いちからわかる特定秘密保護法案~特定秘密保護法案は秘密のブラックホール?

 また、情報公開クリアリングハウスとしても、締め切り当日ですが以下の意見書を出しました。上記の資料の内容を基本にその内容をそれっぽくまとめていますので、上記資料のややこしい版でしょうか。

 「特定秘密の保護に関する法律案に対する意見」(特定非営利活動法人情報公開クリアリングハウス)

 で、ここではちょっと違った視点からこの問題の私見を述べておきたいと思います。

 「特定秘密保護法案」というのは、その名前がいかにもであることからも、知る権利や市民の自由に関心のある人たちから注目を集めています。「秘密は嫌だ」「秘密を拒否しよう」というのは当然のこと。これまで、政府に秘密主義、非公開主義の結果、散々痛い目にあってきたのは市民ですから。だからこそ、情報公開制度の立法運動が生まれ、情報公開クリアリングハウスにつながってきたというのが私たちの団体のアイデンティティです。

 問題は、「秘密がいやだ」「秘密を拒否する」ということと、秘密はないのかということは別の問題になっているということです。

 皆さんご存知のことと思いますが、自衛隊法が10年以上前に改正され、防衛秘密に関する秘密保護法制が確立しています。防衛秘密に関しては、特定秘密保護法案を同様の保護等がされていて、この法案が成立すると自衛隊法も改正され、防衛秘密は新たな法制に移行されることになっています。

 また、「政府機関の情報セキュリティ対策の統一基準」によって機密性区分や、「特別管理秘密」についての厳格な管理というのも行われています。こちらは自衛隊法は法案と異なり法律ではありませんので刑事罰の強化にはなりませんが、おそらく懲戒処分の基準には反映され、実施的なペナルティは加重されているのではないかと思います。

 こうした現状に対して、だから仕方がないと言いたいのではなく、特定秘密保護法案がどうなるかは別にして、政府ではすでに秘密を保護している、ということを言いたいわけです。

 以前に、安全保障領域における情報公開等の原則をつくろうというNGOなどが集まる国際的な会議に参加をしたことがありますが、このときに最初になされたことは、「政府に秘密がないということではない。秘密にされる情報や領域はある」ことについて、それが共通認識であることを確認することからでした。私はこのことに同意をしています。というのは、すべてオープン、ガラス張りとなるような政府、社会、国際社会を目指すべきですが、では本当に「秘密」や「非公開」と当面はせざるを得ない領域がないかと言えば、事はそう単純なものではなく、私たちの生きている時代はもっと複雑なものです。だから、「非公開」や「秘密」とされている領域は現に存在し、放っておくと政府の「秘密」や「非公開」の領域がどんどん膨らんでしまう、という状況にあります。

 これに対して、情報公開制度を活用して情報公開請求を行ったり、非公開となった場合に争ったりして公開範囲の拡大を市民は目指します。こうした取り組みを通じて、政府は開かれていく、組織運営が変わっていくことを期待しているわけです。ところが、情報公開請求という形で「非公開」や「秘密」の扉をノックできているのは、一部分です。だからもっと情報公開制度を利用して行く必要があるわけですが、一方で、そうしている間にも「非公開「や「秘密」の領域は広がっていく。それをコントロールして拡張させない仕組みがあるかというと、そうではないという問題が現実として横たわっていまっす。

 特定秘密保護法案は防衛秘密以外にも、外交、防諜、テロ防止分野にも秘密指定、罰則の強化などの法制を導入するというものですが、この法案が仮になくなったからと言って、「秘密」がなくなるわけではない。この問題に対してどう向き合うのか、ということを考えなければ、政府の抱える秘密の領域や量をコントロールすることも、秘密を秘密のまま闇に葬らないこともできないというジレンマがそこにはあります。
 
 そこで、特定秘密保護法案だけでなく、すでにある秘密保護法制、法律ではないものの秘密保護のための仕組み、そして仕組み以前に、「秘密」「非公開」を抱え込みやすい政府に対してどのようにアカウンタビリティを果たさせるのか、知る権利を保障させるのか、という議論は不可避であると思います。

 そこでさらなるジレンマが起こります。それは、「秘密」や「非公開」とされる情報は、そのものが公開されている情報に比べて重要性が高いものということもできます。歴史的な重要性があったり、時間の経過とともに公開をして後世の検証に委ねるべきものであったりします。そうすると、こうした情報をどう廃棄させずに保管し、時間の経過とともに公開をしていくのかという仕組みも必要になってきます。そこで公文書管理法の制定に至ったわけです。

 ところが、自衛隊法に基づく防衛秘密は公文書管理法の適用除外であることがわかり、結局のところ、秘密とされている文書については、それを廃棄せずに長期的に保管をしていく仕組みに不備があることがわかりました。防衛秘密は分かりやすく公文書管理法の外に出ていますが、適用を受けていても秘密としている領域について、どこまでそれを歴史的に残す仕組みが整っているのかと言えば、はなはだ心もとないです。公文書管理法では、文書の廃棄にあたっては内閣総理大臣の同意を得るということになっていますが、実質的には内閣府の公文書管理課が、行政文書ファイル管理簿をもとにチェックをしていくということになります。おそらく行政文書ファイル管理簿だけでは、機密性、秘密性、それによる歴史的な重要性などを審査しきれないと思われます。そうすると、実質的チェックの仕組みはないといえそうです。

 こうしたもろもろのことを踏まえると、やはり秘密情報を増やさないための対策、秘密情報を闇に葬らない仕組みがなけれならないのではないかと思います。秘密保護の仕組みは、こうした仕組みとセットで本来は導入されるべきものですし、悩ましいのはこうした監査・監察や秘密文書の長期保管と公開は秘密指定という仕組みがあって仕組み化されるという側面があるということです。

 というわけで、特定秘密保護法案についてはいろいろな意味で取り組みをしなければならないのですが、政府の秘密の範囲や量をどうコントロールをし、アカウンタビリティや知る権利の保障を進めるのか、という意味では、すでにある政府の秘密も踏まえた思考が必要ではないかと思うわけです。微妙な意見ですが、現実を見ないで原則論だけ掲げて、価値の対立の問題として片付けられるのは、やはり自分たちにとってはとても損であると思うので、現実的に何を目指すのか、どうこの問題と向き合うのかは自分なりに考えなければならないと思っています。
 
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by clearinghouse | 2013-09-17 09:37