辺野古の新基地建設に関して、国と県の間で争いになっています。報道によれば、沖縄防衛局が新基地建設に関連して沈めた大型コンクリートがサンゴ礁を破壊した可能性が高く、かつ県の許可区域外であるとして、工事の停止を国に指示したことが発端です。この県の指示に対して、沖縄防衛局が農水省に対して県の指示は違法であることの審査請求と、県の行った一時停止の指示の執行停止を申し立てていました。農水省が沖縄防衛局の執行停止申立を認めたため、今でも作業はできることになっており、現在県の指示が適法か否かについての審査請求を農水省が審査中という状態です。

 この一件、そもそも審査請求は国民(私人)の権利救済を行うものであって、国には申し立てをする適格性がないという問題提起や、サンゴ礁を破壊している可能性が高いし、許可を得ていない区域で行っているのでそもそもあかんでしょう、という指摘もあったりで、引き続き注目されています。

 一連の報道や動きを見ていて、沖縄県の主張も、国の主張も、専門家と言われる人の本件に関する論評や指摘も、みんな何だかしっくりこないところが個人的にはあり、いったい何が起こっているのかととても気になっていました。特に、国の対応について「法治国家か」という批判や、司法の場に持ち込まれる様相を呈していることなどという報道や指摘を見ても、何が本件について法制度や手続的に問題にされるのかが、どれを見てもしっくりこない違和感がありました。

 折しも、国が沖縄県の情報公開決定の取り消しを求める訴訟を提起したこともあって、ここのところ国と自治体の間の争いについて少し調べていたので、この際、頭の体操をしっかりしておかないと自分の理解が追い付かないということで、防衛省と農水省(水産庁)に審査請求関係文書を情報公開請求してみました。防衛省(沖縄防衛施設局)からは審査請求書と執行停止申立書とその添付文書類がほぼ公開されて、やっと何となく枠組みが理解できたかなとというところです(水産庁からは決定期間延長になってしまったので、これから何か出てくるかもです。)。

 本件について、何が具体的に問題になっているのか、私自身が理解していなかったことが審査請求書を見てようやくクリアになりました。防衛施設局によると、辺野古の新基地建設に関して、埋立、護岸の増築、海上ヤード築堤等の工事を行う場合は、海底の地形の改変を伴うため、沖縄県漁業調整規則の規定により沖縄県の知事の許可を受ける必要があり、その許可は仲井間前知事が2014年中に出していました。

 今回問題になっったコンクリートブロックの設置については、許可申請を沖縄防衛施設局が行った際に、沖縄県が許可不要と沖縄防衛局の事前確認に対し回答し、かつ許可申請書類の図面に当初記載していたコンクリートブロックの配置を削除するよう指示していたものだったとのことです。沖縄県の指示で許可申請していないのに、許可区域外で違法だと県が停止を指示するのは不適法ということが、争いの前提のようです。これを、国は「禁反言の原則」に反していると主張しているわけです。

 では、どんな場合に許可が必要なのかというと、「海底の地形の改変」に該当する場合で、海域における地殻の隆起形態である「岩礁」を破砕する場合は該当するものの、サンゴ類を傷つける、あるいは破壊することは規制の対象外としています。この解釈は、平成2年の水産庁沿岸課長の文書による「岩礁破砕」に関する有権解釈が根拠とされています。

 それで、一般的にはこの「岩礁破砕」の解釈で運用されていて、沖縄県内でも他の国による同種の工事では許可手続の対象とされずに工事しているし、他の自治体でも同様に手続の対象にしていないのに、辺野古の件だけ同じような工事で許可手続が必要とするのは、平等原則(法の下の平等)に反して著しく公正性を欠いていると、国は主張をしています。

 仲井間前知事は、えらい置き土産をしていったものだとつくづく思います。法律上の解釈だと、ここまで言及した範囲でいえば、国の主張もそれなりに筋を通しているとも言えるわけです。しかし、辺野古問題は、法的な手続でそれこそ「粛々と」進めればよいというよりもずっと前の段階の、基地移設そのものについて大議論がある。そして、沖縄県の政治意思は工事の手続うんぬんではなく、もっと前段階でやるべきことがあるだろう、という状況にあるわけです。一方で、すでになされてしまった前知事が行った手続は法的には正当性があると思われるので、ややこしい状況になってしまったとも言えるのかなと思うところです。

 ここまでが、工事に関する許可手続の問題として私なりに理解できたものです。

 別の問題としてあるのが、もともとは国民(私人)が行政の行った処分により不利益を被った場合に行う審査請求を、国が申し立てることができるのかという問題と、沖縄県による工事の停止指示がそもそも行政処分に該当するのかということです。

 沖縄県は、県による現状調査をするまで「当該工事にかかる海底面の現状を変更する行為のすべてを停止すること」「指示に従わない場合は許可を取り消すことがある」「以上、許可の付款に基づき指示する」との通知を3月23日付で出しています。これについて、沖縄県は処分ではなく「行政指導だ」としています。一方、国は行政処分に該当するとしています。

 沖縄県の書面は「指示する」と結ばれており、この停止措置については、指導なのか処分なのかを明らかにする法令上の根拠もなさそうです。そこで、私が唯一思い当る資料は、行政手続法の施行にともない総務事務次官から各省庁あてに出された文書で、行政庁の行為が処分に当たるか否かについての考え方が示されています。

 それによると、法令の規定上処分性の有無について判断できる規定はないが、処分性を有すると解される場合として、「許認可等権限に基づく監督を受ける者に対して、法目的を達成するために一定の改善を求める「指示」」が示されています。沖縄県の行為は、これに該当するのではないかとも読めます。該当するならば、沖縄県の行った「指示」は行政指導ではなく行政処分となり、国が主張する通りとなるわけです。

 では、私人に対する不利益処分を申し立ての基本とする審査請求を、国が起こすことができるのか、という問題が残るわけです。ここは、国が沖縄県に対して起こした情報公開決定の取り消し訴訟の問題とも関わる問題です。

 工事停止に関する国の論理を整理すると、以下のようになります。破砕許可は、県の固有の事務ではなくこれは法定受託事務であるので、地方自治法255条の2が適用されるという判断がまずあります。この規定は、法定受託事務について都道府県が行った処分に不服がある場合は、国の行政機関に対して審査請求ができると規定しています。今回は、法定受託事務である事務に関する沖縄県の処分に不服があるので、沖縄防衛局長は、法律を所管する農水大臣に対して審査請求行ったという関係になっています。

 国が審査請求をできるのかどうかについては、許可申請などで、国であろうが一般私人であろうが一様に適用されるもので、国だからと言って特別扱いされているわけではないのであれば、許可申請に対して申請者である沖縄防衛施設局長に行った処分は、一般私人と同様であり、審査請求をする資格がある、と国はしています。これについては、学説上は一般私人と同じような立場に立つ場合は、自治体や国が申し立てができると解されるとの考え方が示されています(室井力・芝池義一・浜川清編著『コンメンタール行政法Ⅰ 行政手続法・行政不服審査法』日本評論社 など)。要は、処分を受けた国の立場が、国という固有の立場による特権によらず、一般私人と同じ場合に該当するかどうかが、本件でも国が審査請求を行う適格性を有するかどうかが判断され、国に審査請を行う適格性がすべからくないわけではないということであります。

 いずれにしても、法的争いをするということは、感覚的、直観的な「おかしい」というものを超えて物事が動いていくことに往々にしてなるので、本件もそういうところに突っ込んで行くのかなと思います。こういう法的争いを通じて、もう少し前段階のところで辺野古問題の議論が戻ることを願わずにはいられないところです。

 そして、この辺の問題は誰か専門の方にまとめてほしいところ。おそらく、そのうち論文がいくつか出されるのではないかと思いますが、現在進行形で動いている間にアウトプットが出てくると、法的議論が活性化していろいろアイディア、法制度の課題が並行して議論がされることになって、非常に有意義かとも思います。以上、何だか自習レポートのようなブログになってしまいました。
 
by clearinghouse | 2015-05-23 20:55

 連休後にいろいろな意味で物議をかもした、TPP条文案を国会議員に条件付きで開示するかどうかという問題。いまさら感はありますが、情報公開についていろいろ考えるべき問題であるので、少し頭の体操をしておこうと思います。

 TPPが秘密交渉で行われていることは周知のこと。外交交渉は得てして秘密が保持された状態で行われる傾向が強いため、同時代的な情報公開はなかなか進みません。もとより、少し時間がたっていても不開示とされたり、あるいは大昔のことなのに今の外交問題とかかわっているという、それが理由で不開示になったり。さらには、情報公開法の外交に関わる不開示規定は、政府が行う外交そのものがすべからく正当であるという前提に立っているので、公開することによる利益・不利益を比較衡量して判断する規定になっていなかったり。要は、この分野は政府のやることは正しい、国の利益を体現しているということを無謬的に信じろ、という世界観が基本なのであります。

 そんな世界観が支配する外交分野で、交渉に参加する際の条件が秘密保持への同意であるTPP交渉の過程を出すなんて発想がないのは、当たり前と言えば当たり前です。

 こういう秘密や非公開がある意味当たり前のことであるかのうようであるのは、外交分野だけでなく、安全保障や治安維持も同様。非公開体質に対する批判も強いところです。

 ただ、私は同時に別のことも思います。それは、秘密主義を批判し時には糾弾しても、この分野の情報公開はあまり進んでいないという現実です。徐々に変わってきているところもあり、何も変わっていないとは言いません。しかし、今の制度の枠組みの中だけでは限界がある。

 個人的には、情報公開をいくつかの段階で考えていくことも必要だと考えています。

 もっとあるべき姿は、「誰にでも情報が公開されている」という状態です。一方で、この場合、情報が公開されたら勝手に何かが起こるわけではなく、その情報を確認し、読み解き、使っていかないと実は期待するような変化は起こらないことになります。いろんな人がいろんな関心で情報にアクセスし、読み解き社会の中で使っていくことで、それを乗り越える必要があるということになります。

 ただ、すべての情報がすべからく公開されることはありません。私たちは情報公開制度の制定を求める活動から出発をしていますが、この制度の議論は、情報公開を求める権利を具体的に保障するとともに、不開示の範囲も定めるというものになります。不開示の範囲が真に公益的な理由による以外に広がらないように、なるべく合理的に範囲を絞っていかなければならないという議論を行うことになります。

 この枠組みでは、現実は情報公開をするか否かの主導権は基本的には政府にあり、政府の判断で公開してもよいというものが公開されることになるわけです。要は、管理された、あるいは統制された情報公開ということになります。

 このときの判断は、形式的に不開示とされるような例えば一般私人の個人情報などにはあまり価値判断は入りませんが、外交・安全保障・治安維持や意思形成過程、事務事業上の支障などを理由にした不開示は、政府としての利害や価値判断が入り込みがちです。開示と不開示の公益上の比較衡量などは、本来は行われるべきですが、なかなかうまく機能しているとは言い難いところです。

 そして、管理・統制された一般的な情報公開だと、政府の行っていることをチェックしきれないということになります。ここで市民が知るべき情報を追求していくものとして、ジャーナリズムや議会活動、内部告発などがあるはずです。これは、不開示としたい政府の公益に反する活動や、正当性が損なわれている活動を明るみに出す、社会の健全化装置としての情報公開がここで行われるわけです。

 ただ、これには限界もあります。術での政府の活動分野をくまなくカバーするほどのリソースはないですし、特に秘匿性を高く保持されている政府活動分野を政策的に、かつ包括的にチェックするほどのアクセスを確保することは難しいです。そして、国会・議会活動は、言葉は適切ではないかもしれませんが、どちらかというと「暴露系」。暴露されても困らない程度にしか政府や行政は情報を出さないという作法が徹底されていくことになります。

 そうすると、いったい一般的なアクセスから遠ざけられている政府活動を、誰が監視するのか、という問題が出てきます。監視活動や検証活動が、当該政府活動から権限・予算・人事が独立して行われることは、秘密性が高い分野では、秘密を少なくし、活動の正当性を確保するために非常に重要です。この監視活動や検証活動が、必要な範囲で制限なく秘密にアクセスし、その結果をまとめた報告書の公開によって、実態の一端が公開情報となり、公開情報をもとに議論をしたり、あるいはそれを手掛かりに情報公開をさらに求めていくことができます。少なくとも、独立性のある監視や検証機能には情報アクセスが認められる状況をつくらなければ、その先の一般に対する情報公開になんてつながらないでしょう。

 ここでの情報公開は、権限と役割に応じた条件付きの情報アクセスということになり、社会的な信頼性と正当性を確保するためには、条件付きでアクセスした情報に基づく活動結果を公にしていく、という情報公開が求められることになります。

 TPP条文案の話に戻ります。国会議員に条文案を条件付きで開示をするというのは、秘密保持のもとで行われている外交交渉を監視する、あるいは検証する手段として一つの方法であると思います。政府活動の監視は、国会の重要な役割であります。ところが、例えば秘密保持を条件に条文案の開示を受けた場合、その条文案をどこでどう検証、あるいは審議ができるのかという器がみえてこないわけです。

 公開の場での追求という国会活動のスタイルからすると、条文案を秘密保持を条件に見た場合、従来とは全然異なるスタイルになる。おそらく、議員が条文案を見てそれを暴露してくれることを期待している人もいると思いますが、それをすると二度目の同じような開示の道はなくなるわけです。加えて、TPPへの国会の関与は、最後に○か×かの意思表示をする程度の権限になっている。

 TPP条文案開示問題は、実のところ、外交や安全保障、治安維持分野の情報公開が進まない現状の縮図を内包している問題と思うわけです。あえて言いますが、TPPの秘密交渉が良いと言っているわけではありません。秘密がおかしいと言っている間に、多くを失う構造になってしまっているのはおかしいと考えているということであります。ここをもう少し考えたいところです。
by clearinghouse | 2015-05-20 00:05