忙しいと頭の中がざわざわしてくるので、何となくこのままする―しておきたい気もするけど、今更ですがこの問題について何か書いてみようと思います。

 特定秘密保護法のパブコメが終わり、運用基準案はやはり「微修正」ということとなり、想定できる範囲で物事をおさめるといういつもの光景に落ち着きました。そもそも、パブコメは通常、政府内でほとんど調整が終わった段階の案が示されて意見募集をすることになるので、もともと修正の幅は限られるもの。それに乗じて、行政内の技術的な・・・というたぐいの解説がパブコメについてはされます。それは一面そうなのであり、それがパブコメという制度の現状なのですが、この問題はパブコメがどうだったかという一場面だけを切り取るとそういう話になります。そこで、例えば特定秘密保護法反対という意見を出してもここでは仕方がない、政治的な運動の場ではないという話になり、それも一面そうなのであります。

 ただ、そもそもパブコメの政治利用は、意見を出す側が仕掛けているのではなく、むしろパブコメを実施する側が仕掛けている側面もあることは理解をしておく必要があると思います。それは、特定秘密保護法もその典型ですが、政府は、運用基準をつくります→有識者の意見を聴いて作ります→義務ではないけど案を公表してパブコメをして皆さんの意見を聴きます、という論法で何となく前向きなメッセージのようなものを出してものごとを通すことはままあります。そして、第三者機関や有識者は、案のパブコメの意見をなるべく反映させるようにというメッセージを出します。しかし、実際には案になる段階で有識者や第三者機関が手をつけられていないものについては、パブコメを経たからといってどうこうなるものではないのですが、何となく前向き感が出される。この前向き感を何となく演出しつつパブコメを行い、結局は微修正ということが一種のショーとして繰り広げられているのが、これまで何度も繰替えされてきた光景ということでもあり、パブコメ批判の根底にあるものの一つではないかと思われます。

 そもそも、パブコメしか意見を公式に求める場がない、開かれた意見を述べ参加をする機会がないということが、対立の激しい問題であればあるほど顕著であるのは事実で、本来はこうした対立を乗り越える努力をするのが政治の役割だと思うのですが、これは政治の問題だけでなくもろもろの周辺状況を見ても難しい。結局は、何となく不信の連鎖が続くということになるのかなとも思うわけです。

 で、特定秘密保護法の運用基準案のパブコメで修正された部分で、特にポイントであるかのうように有識者会議の主査である大学教授が説明したと小耳にはさんだものが、緊急廃棄の場合の手続。緊急事態の場合には、通常の手順によらずに特定秘密を廃棄して良いというもので、これについて廃棄する際の手順、廃棄後の手順がパブコメ後に加えられているのですが、これも、もともと防衛秘密や衛星秘密に関する訓令や規程の中に入っているもの。そもそも、運用基準案に入っていない方がおかしいもの。時々、故意か天然かは別にして、パブコメによってここが変わりましたという「売り」をつくるためではないかというような抜き方をして案を出す場合があるので、これもそうかなあと邪推をしているところです。

 パブコメについては、なんだか意見を出す方の政治性、パブコメの政治利用が話題にされがちですが、そんな単純ではないという話であります。意見を言う、あるいは参加のチャンネルを増やして、もう少し開かれた議論をする土壌をつくらないと、パブコメ頼みはいずれにしてもいけないということは、おそらく多くの人が感じているところではないかと・・・
 
# by clearinghouse | 2014-09-17 16:52

 9月10日(水)は第3回の情報保全諮問会議の会議だそうで、8月24日まで実施された特定秘密保護法の運用基準などのパブコメがどの程度反映されているかは、推して知るべしという様相を呈してきました。というのも、パブコメ意見を反映した場合、大きな変更をするときはおそらく関係省庁との事前の協議が必要だと思われ、それに加えて諮問会議のメンバーの意見も聞けば、もう少し時間がかかるだろうと思われるからです。

 単なる徒労に終わるのが、パブコメに意見を出すこちら側の常でありますが、今回も予想にたがわずというところです。こういう徒労に終わるのをわかっていても意見を出さざるを得ないのでありますが、一方で意見を聞いたと「胸を張る」行政機関、そして意見を反映しなかったという批判材料しか手にしないという市民側という想定内の構図が出現をしてしまうのも、何だかなと思うわけであります。何かが根本的に間違っているのは、言うまでもありません。

 そろそろ特定秘密保護法の運用基準についても決着をしてしまいそうなので、今回は、あまり得意分野ではないので深入りをしていない、特定秘密を適性評価について、現在行っている適格性確認制度の調査項目と簡単に比較をしてみようと思います。この問題に突っ込んでおられる皆さんは、すでにご存じのことと思いますが、これまでの仕組みの項目は、今後の適性評価の本当の姿が透けてくるように思われます。

 特定秘密保護法と現行の適格性確認制度の調査項目を比べると以下の通りです。

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 調査項目が現行制度を特定秘密保護法でどの程度変わるのかはよくわかりませんが、項目や運用基準案の調査票を見ても重複していないと思われる項目もあります。また、特定秘密保護法は少しマイルドに書いてあって、現行の調査項目はかなり露骨な感じがします。本当は、この露骨な法の調査をしたいということだと思うので、実際に法で規定されている項目は、最終的に実施レベルに落ちるとこういうないようになるのだろうということではないかと。

 個人的な発見としては、現行の調査事項の「セキュリティクリアランス対象活動を行っている国、組織又は人への関与」というのは、こういう国・組織というのが指定されているのかということと、「特異な言動等」というのは相当に微妙なものであるということです。特定秘密保護法でより人権に配慮をして限定されたというべきなのか、それとも本質を分かりにくく法律では丸めたということなのか、なかなか判断は尽きませんが、つまるところは何を調査したいのかは、むしろ現行の仕組みからの方がよく理解できるということだけは確かであります。
 
# by clearinghouse | 2014-09-08 22:39

 特定秘密保護法の運用基準案などのパブコメが、昨日で締め切られました。運用基準案などは、とてもいわゆる技術的なもの。読み通すのも結構大変なものですが、これによってわかったことも多くあります。

 運用基準は、秘密指定の範囲の拡大、長期化、解除が進まないのではないかなどの指摘を受けて、その策定を法で規定したもの。これらの懸念に対してどう答えることができているのか次第で、実のところは特定秘密保護法の正当性も問われることになると言えます。統一基準をつくることでそれが回避できます、ということを前提に法を通したところがあるからです。

 パブコメが行われた統一基準案にはいろいろ問題や課題はありますが、特に問題な点は何かと言えば、秘密指定の要件の一つである「特段の秘匿の必要性」について運用基準がないということ。特定秘密になり得る別表23項目が55の細目に分けられたことがとかく注目されがちです。これはこれで重要な論点ですが、秘密指定の問題の本質的な議論のポイントは、本当はここではないと考えています。別表に該当し、かつ非公表の情報を秘密指定するか否かを判断するのは、「特段の秘匿の必要性」という要件であり、こちらの方が本質的に重要な論点です。

 特段の秘匿の必要性は、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある」ものを要件として判断されます。「著しい」「支障」「おそれ」とありますが、これらについては一般的な文言解釈はあるものの、客観的・合理的に基準化できるかと言えば、それはもともと難しい問題で、主観的・裁量的判断が多分に入り込む部分です。なぜなら、著しい、支障、おそれともに漏えいによるリスクや影響をどう見積もるかということの判断になりますが、明らかにリスクや影響が見える場合とそうでない場合があったり、リスクや影響が誰にとってのものかという問題もあり、いきおい、過剰にリスクや影響を見積もる傾向が生じやすいからです。

 情報公開制度でも、非公開範囲が広がりやすいのはこれによるところがあります。公開された場合の影響やリスクは、実際にそうしてみないと本当のところはわからないため、より安全に制度を運用することになるわけです。この場合に、非公開とする理由として、影響やリスクを過剰に見積もりそのおそれや支障を述べることで、非公開を維持することになります。特定秘密の指定でも同じことは言え、漏えいによるリスクや影響は、行政組織にとってより安全志向で運用され、広めに秘密の範囲を取るということも起こり得るということになります。

 「特段の秘匿の必要性という要件」は、運用基準案でも逐条解説でも、例示的な考え方が示されているだけで、実質的な基準化がされていませんし、逐条解説案では文言解釈も示していません。だから、基準化できなかったとみるべきなのだと思います。結局は、個別性が高いということなのか、事案に応じた判断が必要ということなのか、いずれにしても統一基準はできないということが、運用基準案で示された政府側の意思表示と考えるべきでしょう。

 この特段の秘匿の必要性は、秘密指定の範囲に影響を与えるだけではありません。特定秘密の指定期間は、特段の秘匿の必要性が存在する限りは継続することになります。この要件が、秘密の質的範囲と寿命(秘密指定期間)を決めてしまうことになるわけです。そこで秘密指定期間の基準を見てみると、ここも例示的な考え方が示されていたりするだけで、基準化がされておらず、各行政機関で可能な場合は個別に基準化することをもとめています。

 これは当然の結果でもあり、特段秘匿の必要性について基準化できないならば、それの継続範囲である秘密指定期間も基準化できないということにならざるを得ない。そうすると、次の手が打てるかどうかは、基準化が実質的に無理であることを政府が認めるかどうか次第ということになるわけです。

 さらに言えば、運用基準のタイトルは「特定秘密の指定及びその解除」と名称がつけられていますが、解除の基準も実質的なことは書かれていません。法と運用基準ではっきりしましたが、特定秘密は有効期間満了により秘密指定の効力がなくなることが運用の基本で、解除とは秘密指定期間中に行われる例外的な行為となっています。そもそも解除となる事例は、運用上は極めて少ない結果になる可能性が高いです。運用基準のタイトルは、実際のところ基準の内容を正しく表しているとは言えないのであります。

 もともと、政府が統一基準をつくると言い出した時に、何をつくるつもりなんだ、そんなものができるのか、だいたい無理だろうという話を何人かの知人にしていた通りのなったというだけではありますが。

 パブコメ後に、政府や情報保全諮問会議でこうした問題点について正面から向き合うのか見ものであります。
 
# by clearinghouse | 2014-08-25 15:31

 知り合いから4月に、「国立公文書館に特定歴史公文書等の利用が制限されたので不服申し立てをしたところ、公開範囲が拡大されたのはよいけど、部分公開状態で一度公開を受けた文書と同じものにコピー代を再請求された」という連絡がありました。

 情報公開制度を普段使っていない人は何が問題なのか?と思うかもしれません。でも、これはかなり大事な問題です。

 行政文書は情報公開法による公開請求、国立公文書館などで保管されている文書は公文書管理法による利用請求を行い、公開・非公開が判断されます。情報公開法は「不開示」、公文書管理法では「利用制限」と言いますが、かき分けるとややこしくなりそうなので、ここでは一律に非公開という言葉を使います。

 通常、非公開や部分非公開となると、それに不服があれば不服申し立てをします。この申立てが一部、あるいは全部認められると、行政機関や国立公文書館などは、当初の処分を取り消して新たに公開範囲を拡大した決定を行うという手順で対応がされます。

 この「取消し」をおこなうということは、当初の非公開・一部非公開の決定が誤っていたということを行政機関や国立公文書館等が認めたことを意味します。そのため、例えば一部非公開決定ですでに一部非公開の状態でコピー代を支払い、文書のコピーをもらっていた場合、公開範囲を拡大した文書の写しをもらうときには、再度コピー代を徴収しないという運用が少なくとも情報公開法では行われてきました。

 当初の決定が誤っていたから取り消したわけで、請求者の側には瑕疵がないわけですから、二重取りをしないというのは、理屈からすれば非常に筋が通っています。これは解釈運用基準などで示されているわけではありませんが、情報公開法施行以来、私の経験の限りではそれなりに周知されているようではあります。ときどき、行政機関に対していろいろ説明が必要な時がありますし、こうしたルールを知らずにコピー代の二重払いをしてしまっている請求者はいるかもしれないので、どの程度徹底されているのかは不明ではありますが。

 ところが、公文書管理法で特定歴史公文書の場合は、そのような取扱いを原則としていなかったのです。特定歴史公文書等が国立公文書館により一部非公開となり、それを争った結果公開範囲が拡大したので、情報公開法と同じですでにコピー代を支払っている文書に関しては、コピー代を支払う必要はないと請求者は考えていた。しかし、コピー代の支払いが求められたということで、国立公文書館に要望書を出して二重取りをしないように求めたわけです。

 しかし、国立公文書館はこの要望を拒否。この問題は、それなりに筋を通した制度の運用という意味では、請求者にとっては重要な問題です。そこで、私からも国立公文書館、内閣府公文書管理課、総務省情報公開推進室、外務省外交史料館、宮内庁宮内公文書館と電話を入れて、いろいろ見解や運用を確認してみました。

 まずは、国立公文書館。規則に書いていないのでできないの一点張り。おそらく、決定を取り消して公開範囲を拡大しているということの法的意味がよく理解されていないような感じで、日本語が通じている感じが当初せず、ちょっと困りました。結局、いったん話としては引き取られ、その後、音沙汰なし(笑)

 次に電話をしたのが総務省情報公開推進室。確認的に、決定の取り消しにより二重にコピー代が発生した場合にコピー代を徴収しないという運用を周知しているのは、何等かのバックグラウンド(判例や別の法令の解釈など)があるかの問い合わせをしてみたわけです。そうしたところ、バックグラウンドは特にないけど、法体系からすれば二重取りをしないことが整合しているとの返答がありました。そうだよね~、処分の取り消しの場合は請求者に瑕疵がないしね、と日本語が通じている感にちょっと安心。

 次に外務省に問い合わせ。ここは、情報公開の担当に外交史料館もぶら下がっているので、話が早かった。情報公開法は二重取りしていないけど、公文書管理法ではどういう扱いになるのか聞いたところ、これまでケースはないけど、同様の扱いをすることになると思うとの返答。最後に宮内公文書館に問い合わせをしたところ、今度は情報公開法とは違うので、二重取りをするとの返答。情報公開法では二重取りしないけど公文書管理法は違うというので、いやちょっと待ってよ、といろいろと話をしたところ、後日回答と言ったきり、音沙汰なし。

 で、 その後に電話をしたのが、内閣府公文書管理課。公文書管理法を所管をしているので、いったい解釈上や運用上はどういう扱いになっているのか、ということを聞いてみたわけです。一応、国立公文書館での扱いで要望が出ていること、外務省と宮内庁で異なる回答を得ていること、情報公開法での扱いも説明をしてみたのですが、なかなか何を問題にしているのかわかってもらえない感の濃いやり取りが続いて、かなり面倒な感じになってきたけど食い下がって、一応検討して回答をしてもらうことになりました。

 その返答が、1カ月近くはたっていたと思われる2、3週間前にやっと来た。結論的には、決定を取り消して公開範囲が拡大した場合は、すでにコピー代が支払われている文書については、コピー代を再請求しないことが望ましい、と考え方を取りまとめたとのことでした。内閣府から総務省に問い合わせをして情報公開法の運用も確認したらそうだったので、ということでもあり、また、宮内庁や国立公文書館からも本件に関して問い合わせが来ていたようで、まともな結論に落ち着いてよかった、というところです。

 こういう制度の運用の外縁だけど、権利行使との関係で重要な問題は、問題がわかった時点で論点をはっきりさせて、見解を整理しておかないと、この先いつまでもこの問題でもめることになります。もし、コピー代は二重取りするという結論であれば、それはそれで今度は法的に争ってそこの決着をつける必要もあります。そこまでいかずに済んで本当に良かった。問題に気づいて提起をした人は、情報公開法も公文書管理法も使って資料調査を地道にされているので、そういう経験を通じてならではです。

 ついでに残っている課題として、内閣府は国立公文書館と宮内庁には、二重取りをしないことは望ましことは伝えるけど、他の特定歴史公文書等を扱っているところ(日銀アーカイブスとか、国立大学のアーカイブとか)には周知を予定していないということなので、とりあえず全部周知したらどうですか、ということはお願いをしていますが、それがどうなったかは未確認。宮内庁と国立公文書館はいまだに音沙汰なし。だから、内閣府の見解を受けてどう対応したのかは不明です。回答をする気がないのか、それとも何かに手間取っているか不明ですが、書面で回答を求めた方が良いのかな、と思案中。

 今回は、妙に細かいお話でした。
 
# by clearinghouse | 2014-07-18 21:36

 ベネッセの大量の顧客情報漏えい事件は、いろいろな影を浮き上がらせている感があります。

 今回のような大規模な被害を拡大させた要因としては、①サービスごとのデータベースを統合して100万件単位から1000万単位のデータベースになっていた、②派遣社員によるアクセス権限の範囲が適切であったのかどうか、が主なものなのかなと思います。

 ベネッセ流出 データベース統合が被害拡大
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140713-00000078-san-soci


 ただ、今回はその問題ではなく、名簿の売買に絡んでいた福生市にある「文献社」という名称を見て、10年近く前の記憶がうっすら蘇ってきたので、手元に残っている資料を確認してみてやっぱり、という顛末だったので、そのことをご紹介。当時、住民基本台帳の大量閲覧制度というものがあり、いわゆる住民情報のうち氏名、住所、性別、生年月日の4情報が誰でも基本的に閲覧できるように提供され、DMなどの商業目的でも利用することができました。要は、市区町村のからDMの元情報が事実上ダダ漏れだった、という問題があったわけです。

 以前からこれは変えないとまずいのではと考えていて、2003~2004年にかけて全国の市民ボランティアを募って閲覧制度の運用実態調査を行っていました。調査は、閲覧制度の運用ルールを細かくヒアリング等で調査することと、実際にどのような業者がどのような目的で閲覧に来ているのかを、閲覧申請書を情報公開請求して入手し、分析することで行っています。この調査で、私は90近い市区町村で、どのような業者がどのような目的で閲覧に来ているのかをつぶさに見ることになったわけです。

 閲覧制度のお得意様は、教育関係かブライダル関係の業者。特に教育関係の業者の閲覧は多く、ベネッセも閲覧制度のヘビーユーザーだったわけです。ところが、ベネッセが直接人を雇って閲覧に来ているわけではなかった。住民情報の閲覧と書き写しを外部に委託をしていて、その委託先が福生市の「文献社」だったわけです。

 今、各地の閲覧申請書はそのほとんどが倉庫に入っていて手元にないのですが、一部手元に残っていた申請書を見ると、申請者はベネッセコーポレーション、受任者は文献社というものが出てきました。千葉県内の某市では、1年間で十数回この組み合わせの申請書が出てきます。しかも、通常は、市の申請書の書式があるのですが、ベネッセが文献社に委託して行っている申請は、独自の書式で、おそらくどの自治体でも同じものを定型的に使っているのだと思います。

 ただ、これはベネッセが問題というのではなく、もともとこの制度は住民基本台帳法で認められていたものであります。それに、通常は委託受けて閲覧申請をしていても、受託してそれをやっているとか、そういうことは明らかにしない申請の方が明らかに多い。ベネッセは、自前ではなく委託ですよと言っている時点で、文献社はこの業務で収集した個人情報を使うと、住基台帳法違反になるということが明確になっているので、他の閲覧業者より考えれば良心的ではありました。

 そして、この閲覧制度は住基台帳法が改正され、2006年に廃止されました。廃止されるまでの間は、結構うちも頑張りましたし、各地の市民や地方議員、そして自治体も頑張りました。かくして、自治体経由で住民情報がダダ漏れという状況はなくなったわけです。

 ところが、文献社のHPを見ると、2006年時点まで行っていた閲覧制度で収集した情報をもとに、鮮度を確保した個人情報を提供すると言っておられるわけです。疑問は二つ。一つは、ベネッセの委託を受けて閲覧をして個人情報を収集したのであれば、それを名簿として商売のネタにするのは、違法であるはずということです。そして2006年から8年近く経過し、住基台帳の情報はもはや鮮度が高いと言えないにもかかわらず、なぜ鮮度を確保していることを売りにしているのか。

 いろいろいこのあたりに闇が深い世界が広がっていそうです。そして、ベネッセはもともとは文献社のお得意様であったというこのシュールな状況。

 個人情報をめぐる問題は、誰が被害者かは当事者である個人としてははっきりしていても、実際にそれを使ってビジネスをしている側は、誰が被害者で誰が加害者かは、混合している世界であるとつくづく思う事件であります。
 
# by clearinghouse | 2014-07-14 20:00