少し時間がたってしまったが、東京新聞が教育委員会の会議公開に関する独自調査を実施し、その結果を報道した。

【東京新聞】首都圏 19教委、公開義務守らず 本紙調査
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20070106/mng_____sya_____009.shtml
 首都圏一都六県の三百三十九区市町村教育委員会の5.6%に当たる十九の市町村教委が、法律で義務化された教育委員会の会議公開をしていないことが五日、本紙の調査で分かった。また、過半数の百七十二区市町村教委が、事前にホームページ(HP)や広報紙などで開催日程を住民に知らせていなかった。いじめや履修漏れ問題などへの対応で批判を浴び、政府の教育再生会議などでも改革が必要とされている教育委員会制度。その中身以前に、透明度に課題があることが浮き彫りとなった。・・・
 調査を行なっていた記者が知り合いだったので、年末に調査について話を聞いていたところだったが、結果が出てやはり脱力。原則公開の会議を非公開と回答した自治体があったことにも驚いたが、それよりも実は気になったのが会議録の公開率。記事には、
 会議録は19.5%の一都六県の六十六教委が非公開と回答。
 公開している教委も情報公開請求の手続きが必要な例が多く、HPで議事録が確認できたのは、15.6%の一都六県の五十三教委。
とあり、会議を非公開としているのは5.6%だが議事録を非公開と回答した教育委員会が19.5%もある。要は、会議は公開しているが議事録を非公開としている教委があるということだ。もう、理解不能。

 確かに、地方教育行政法第13条は教委の会議を原則公開としているが、会議録の公開について言及していないし、おそらく、これまでに議事録を公開した実績がないことが議事録非公開という回答の背景にはあると思われる。しかし、そうだとしても、回答するときに、会議を公開していると回答しておいて、「議事録」は非公開と回答することに何の矛盾も感じなかったのかだろうか?もはや、何とも申し上げようのない事態だ。会議公開や情報公開について爪先ほどの理解もない教委がこれだけあるということなのだろう。

 他にも、記事によると会議公開としつつも会議日程を周知していない教委が多く存在しており、これも会議公開の意味無し。日程がわからないのに、どうやって傍聴するのだろうか?傍聴の希望者や傍聴者がいないのは当たり前だろう。ついでに、よく会議を公開しても傍聴者がないなどなど、運営する側の話を聞くことがあるが、傍聴者がいるから会議公開をするなんていうのは、会議公開の本質を理解していればありえない発言。会議公開はなぜ必要かから、運営を本来は考えるべきだろう。

 ただ、教育委員会は人事案件や情報公開・個人情報保護条例に基づく審査会への諮問案件などを除いては、ほとんどが規則の改正等の案件で、昨今問題になっているような教育委員会事務局によるいじめ対応などのさまざまな問題や、教育の現場で起こっている問題などは他人事のような状況。会議が公開されても、誰も傍聴に行こうとは思わないかもしれない。教育委員会のあり方について今、いろいろと議論があるところだが、教育委員の役割やあり方、責任についてこそもっと議論されるべきだし、現状が社会にさらされるべきだろうと思う。

 それにしても、個人的にはなかなか良い調査だと思う。こういう地道だけど、足元を見直すような調査は本当に必要で、クリアリングハウスでもこういうことをきちんとせねばと思う。が、大量の原稿と起案文書を抱えて、私はブログ更新で現実逃避。このブログで書いているような駄文ならいくらでも書けるのに、原稿が書けないのはなぜ(涙)
# by clearinghouse | 2007-01-11 00:31

「口利き」の内部文書

 あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 新年早々ですが、この1月よりクリアリングハウスのフルタイムスタッフからはずれ、今年度いっぱいは週に2、3回の勤務になります。これまでもフルタイムスタッフとはいっても仕事の内容、勤務時間ともに自由裁量があまりにも大きかったので半分個人事業者のような感じでしたが、一応、平日はそれなりに事務所にいる体制から変更になりますので、一部ご不便をおかけすることになるかもしれません。今年度いっぱいで「室長」からも、有給スタッフとしてもはずれ、これからしばらくクリアリングハウス事務局は過渡期に入りますので、ご容赦ください。(あー、この話を出す時は、「円満退職」と加えるようにと言われておりました(^^;)。一年前に決まっていて当会の今年度の事業計画にも退任について書かれているくらいなので、大変円満です。それに、理事をずっと兼任しておりますので、理事会で辞めろと言われない限り理事としては残りますし・・・。まあ、ほとんどライフワークですし、まだしなければならないこともありますので。)

 さて、年の初めから気になるニュース。

松岡農水相秘書がNPO審査照会 大臣の会見と矛盾
http://www.asahi.com/national/update/0101/TKY200612310224.html
朝日新聞 2007年01月01日14時33分
 出資法違反容疑で福岡県警の家宅捜索を受けた資産運用コンサルティング会社「エフ・エー・シー」(エフ社)=福岡市=の関連団体「WBEF」のNPO法人申請をめぐって、松岡農林水産相=衆院熊本3区=の秘書から、審査状況について照会を受けたとする内部文書を内閣府が作成していたことがわかった。この文書は、福岡県警にも押収されている模様だ。

 このニュースが気にとまったのは、事件の内容もさることながら、「また出た」という既視感を覚えたからだ。

 「鈴木宗男事件」の時に内輪で何度も話題になっていたのが、リークされ、あるいは公にされてきた鈴木議員による「口利き」や「圧力」を記録した内部文書のことだ。それも私たちの関心は、議員による口利きや圧力を記録した文書が、内部文書として一定範囲で共用されるような形態でどれほど残っているのだろうか、という点だった。実際、外の人間にはどの程度このような文書が作成されているか、作成されているとするとどのような利用実態にあるのかはよくわからない。しかし、この事件の際に明らかされたような文書が日常的に作成されているのであれば、これは大変重要な行政文書であり、また、政策決定や意思決定のアカウンタビリティという観点からは本来は作られていなければならない文書ということもできる。そして、もし、特定の人についてのみ作成されていたとすれば、それはそれで問題であるはずなのだ。

 ところが、私たち、というより私個人はいろいろと取り組む手がかりがあったにもかかわらず、問題像を少し大きな視点でくくって良い問題提起の方法を考える余裕がなく、やり過ごしてしまい、世間ではあの事件の中でその辺はあまり関心がもたれることなく、事件の登場人物やリークされてくる情報などの面白さに踊らされて事件そのものが消費されていった感がある。

 そして、今回も国会議員による「口利き」を記録した内部文書の存在が発覚。こういう情報の存在が明らかになることは重要だが、登場人物といい、タイミングといい、何だか既視感。それに「口利き」がどう記録・文書化されているのかは未だによくわからない。今回も「たまたま」なのか、それとも何らかの意図が働いているのか、あるいは日常的に作成されているのか。これって、本当は本質的に非常に重要な問題。

 いわゆる公職者等からの「口利き」の文書化は自治体で進み、情報公開請求により公開されているところ、一定範囲は公表しているところがあり、口利きの文書化についてはルール化がされつつある。ルール化しても記録されない「口利き」もあるだろうが、それでも不当な圧力に対してはそれを排除するような取組みが進めらている。手法は別にして、そろそろこういうルール化が国でも必要ではないかとも思うし、さてどうしたものかとも思う。
# by clearinghouse | 2007-01-04 23:55

 知人が最近、東京地裁に国を相手に情報公開訴訟を提起した。

 争いの内容は、第三者機関の議事録作成のために作成される録音テープ。速記録の作成が外注されているため、この録音テープは委託先の業者の手元にあることを理由に不存在となった。過去の情報公開・個人情報保護審査会の答申によると、審査会はこのような場合は行政文書に該当しないと判断しているので、不服申立てをしたものの良い結果は期待できないので、訴訟も並行して提起された。とはいっても、申立ての審査会への諮問はすでに行なわれているので答申の方が早く出るだろう。

 ところで、訴訟になった背景は、審査会に期待できないということだけでなく、争っている間に業者の手元にある録音テープが重ね録りされるなどして、公開請求した内容が失われる可能性が極めて高いという事情があったからだ。行政機関内にあれば、情報公開請求後に廃棄等はされないが、業者の手元にあるとそうは行かない。業者の手元にある録音テープが行政文書に該当するどうかが主たる争いになるのが、不存在決定を行った行政機関が業者に対して保存するように依頼しない限り、争っている間に録音テープは失われ、いくら処分が取消されて行政文書とされ、公開の義務付け請求が認められたとしても、意味がない。

 そこでいろいろな人に知恵を借りた結果、取り得る手段として最善のものとして行なったのが、業者に対して録音テープの行政文書性を争う情報公開訴訟を東京地裁に提訴したので、現在存在する訴訟対象物の録音テープの保存の依頼と、依頼をした以降に廃棄した場合は損害賠償請求をするという警告を記した書面の送付。どこまで効力があるのかという点については、過去に経験がないのでよくわからないが、訴訟が起こされている事実を知らせなければはじまらないので、効果があることを願うところだ。

 ただ、惜しいのは書面の送付時期が少し遅くなってしまったところで、書面の送付日に第三者機関の議事録等を掲載しているHPを確認したところ、すでに訴訟対象となっている回までの議事録がアップ済みだった。これだと、書面を受け取った時期までに消去していたと言われてしまう可能性がある。やっぱり、タイミングが何をおいても重要だよなあと思う。
# by clearinghouse | 2006-12-22 19:13

 一昨日(18日)、必要があって、次の通常国会で提出されるであろう法案の担当部署を捜索。最初に電話をした先で、担当部署は建物が別ということで連絡先を教えてもらい2件目に電話。そこで話をしていたら、どうも担当部署として間違いではないが担当者が別のようで、別の電話番号を教えられる。ようやく3件目でどうやら担当にたどりついたようで、用件を伝えられた。同じ担当を知人も捜索して同じような経緯をたどったようで、「たらい回しにされた」というメールがきた。いつものことだが、担当を知らない制度・政策について行政機関内で担当を探し出すのは結構大変。

 そして、今日(20日)付けで、横須賀市に情報公開条例の見直しに関する意見書を、いろいろと思い悩みながらようやく書き終え、FAXで送信。やっぱり、よそ様のことなので書きにくい。そして眠くて腰痛(涙)。これまで時間がなくて怠っていたが、21日に条例の見直しを検討する横須賀市の情報公開審査会が開かれ、そろそろ答申がまとまるかどうかという段階なので、横須賀市民にもこの話しをまわさなければとつくづく思う。(見直しについては、「営利目的の利用を今さだ問題視するのはちょっと違う」を参照。)

 意見書のそのものはそのうちクリアリングハウスのHPにアップするが、意見書を書くために改めて見直し検討の関係資料を読むと、原則と枝葉が入り混じって何を原則としているのかと思ってしまうろころがある。特に、審査会への当初の諮問内容は、商業目的での制度利用が多く、それに関連していろいろと支障・問題があることについて、行政側の感情的な意識が強くでてしまっている気がする。気持ちはわからなくもないが、感情的な要素の入った、原則と枝葉の入り混じった制度議論は、目前の事象にとらわれすぎていて筋が良くない。長い目で見れば害が多くて得るものが少なく、悪貨が良貨を駆逐する結果になるのではないかと思うのだが、どんなものだろうか。

 一応、審査会の方向は当初の諮問内容よりは、より健全な方向にあるようだ。一般的に第三者機関がある程度主体的に機能していないと、諮問内容がそのまま微修正程度で答申になってしまうこともあるので、それなりに第三者機関が機能していると思われる。この辺については、バランス感覚をもって、ぶれすぎないように対応することが肝要だ思うけど、この件に限らず、一般的に何となくそのバランス感覚が機能しているのだろうか、と漠然と不安。今回は、市側に立ったちょうちん記事と思しき報道があったので気付いたけど、気付かないところでいろいろと変わっていっているような気がする。
# by clearinghouse | 2006-12-20 05:10

 9月に行なわれた、行政管理研究センターによる情報公開・個人情報保護審査会委員交流フォーラムの内容が、『季刊情報公開・個人情報保護』に掲載されるとのこと。このフォーラムで私も報告をさせてもらったので、その原稿の校正依頼が来て、一応一通り原稿に目を通して確認したところで改めて気になったのが、法人の印影の公開をめぐるフォーラムでの議論。

 法人の印影の公開をめぐっては、自治体や国の行政機関によって若干判断が異なっている。自治体の中には、組織印・代表印ともに非公開扱いをする場合もあるが、一方で組織印は公開、通常は登記される代表印は非公開としているところもあるし、両方とも公開というところもある。国の行政機関の場合、2004年時点で私が確認した範囲では、多くの省庁等が両方とも非公開としているが、一方で厚労省、内閣府、内閣官房、環境省などは両方とも公開している。非公開とする場合の理由は、印影等を公開すると偽造されるなどして法人の正当な利益を害するというものが多く、自治体の中には公共の安全に係る情報として判断する場合もある。

 くだんのフォーラムで話題になったのは、印影が確認できないと例えば請求書や見積もりが偽造されていないか確認できないという声が請求者にあるので、コピーは不可だが閲覧は可という方法がとれないかというもの。フォーラムでは、この話を聞きながら漠然と考えていて口にはしなかったのが、一体、何を守るためにこの議論をしているのかということ。偽造されるおそれがあるといえば、使っている書体、印影のおおよその大きさ、印鑑に彫られている内容が確認できさえすれば、その辺で簡単にその印影に似たものを作ることができてしまう。よほどの特注品でなければ、通常は印鑑の大きさや書体は、すでにあるものから選んで発注するからだ。

 そこで、本物ではなくて似たような印影であれば良く法人の利益を害さないという理屈が立つかというと、そういう問題でもないと思う。というのも、普通は、印影が本物かどうか、公証力のあるものかどうかは、印影を見ただけでは判断できないからだ。公証力を持つ印影ということになると、印鑑証明書の添付がなければならない。この印影が偽造され、印鑑証明書とともに利用されるとなると、法人としての利益は著しく侵害されることになる。しかし、印鑑証明書の添付を求めるような場面はかなり限られる。

 そこで、現在の印影を非公開とすることの建前的な保護法益は何かを考えると、閲覧という選択肢は建前的な保護法益を侵害することになると思われる。一方で、一般的には、 印影があることをもって一定の信頼性があると理解されるだろうが、本当に法人の利益に関わるような場面では、印影だけですべてを判断することはないだろう。もちろん、印影を偽造する、あるいは本物に近い偽物を作って有印文書を作成するはの犯罪行為だが、印影がどの意味で法人の利益を侵害するとするのかについては、個人的には何となく気持ちの悪い感じ。さらに気持ちの悪い感じを助長するのが、印影を公開しているところが実際にあるという事実だ。

 というわけで、実際のところは良くわからない。ただ、条文をこねくり回すような議論をしていると、本筋を見誤りそうで不毛な気もするので、この辺でやめておこうとだけは思うけど。
# by clearinghouse | 2006-12-14 01:42