学力テストの情報公開について改めて考えてみた

 
 昨日帰国をして、ちょっと一息つきました。行きも帰りもLAで乗り継ぎだったのですが、短時間の乗継なのに、なぜか入国しなければならないということで、しっかり両手の人差し指の指紋と顔写真を撮られてみました。とても不快、という一言に尽きますね。日本も、同じようなことを入国にあたって外国人にしているんだけど…

 さて、日本にいなかった間に、鳥取県の情報公開条例改正については、進展があったようです。11月14日に開催された教育委員会で、公開情報の使用制限をする改正から、適正利用に関する責務規定に同趣旨の規定を入れる方向に、条例改正の内容を変更するというものです。すでに、教育員会で配布された資料が鳥取県のWEB上で公開されています。

 http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/306347/gian1.pdf

 資料によると、修正案は以下のようなものが考えられているようです。
【開示を受けた者の責務】
○全国学力調査に関する情報のうち学校又は学級ごとの結果の開示を受けた者は、当該情報の目的及び第4条(適正使用)の規定の趣旨に基づき、次の責務有するものとする。
・特定の学校や学級を識別できる方法で公表し、又は不特定多数の者に提供しないなど、児童等の心情に配慮すること
・学校の序列化や過度の競争が生じないよう配慮すること
 基本的には、何も変わっていません。むしろ、公開を受けた請求者に対して従前の案は条件づけをして開示を行うというものであったのを、公開を受けた側の請求者に責任を委ねて判断をさせるということにしているので、直接的な制約から恫喝的な制約に変わっているきらいがあり、悪質さが増している感さえします。本質をゆがめていることには何ら変わっておらず、学力テストの結果の公開を実施する県の責任を放棄し、請求者を通じてその情報が広く公表されることの責任は請求者に負わせるのは、はっきり言って「汚い」と思わずにはいられません。

 情報公開条例に基づく公開請求に対し、学力テストの市町村別、学校別、学級別結果の公開を行うということは、県としては条例に定める不開示事由に該当しないと判断しているのであって、それが広く公にされても支障がない=不開示事由に該当しないと判断しているにほかなりません。しかし、県というより県教委は広く公にされると支障があると判断しているので、公開情報の公表・提供による影響への配慮を求める、つまりは公表することによる支障はあるとしているので、まったく理屈に合わないことをしようとしているしか言いようがありません。以前にも書きましたが、八方美人としか言いようがない状況です。

 そもそも、個人的にが学力テストの情報公開をめぐる昨今の状況は、文部科学省による政策的な失敗によるものといってよいと考えています。文部科学省は、学力テストの実施にあたって実施要領で、結果については市町村名や学校名の公表を禁止し、情報公開請求があっても不開示として取り扱ってほしいと要請をしていて、それは繰り返し行われています。そして、結果の公開等の取り扱いについては、結果を都道府県、市町村がそれぞれ公開することまでは禁止をしていないので、それぞれの判断に委ねています。

 学力テストの結果については、市町村別、学校別等の結果の公開に消極的な市町村教育委員会が多く、その取扱いは学力テストの実施の是非そのものの議論と切り離せないほどだったと思われます。学力テストの実施を市町村に強制できない文科省としては、市町村別結果等を非公開とするなどの配慮をして、協力してもらいやすい条件を作ってきたともいえると思います。しかし、情報公開条例を制定している都道府県や市町村としては、文科省の要請や公表を禁止した実施要領は法的拘束力のある指示でも何でもなく、それをもって結果の非公開はできないという当然問題に今になっていきあたっています。情報公開制度がある以上は、仮に教育委員会が非公開としても、不服申し立て、訴訟でそれが争われれば、文科省の力は何ら及ばないことです。

 要は、文科省は空手形を切り、情報公開条例の実施機関である都道府県や市町村が、条例の規定との関係で今になってから約束であったことに気づいたということなのでしょう。正確にいえば、この懸念は都道府県を中心に以前から存在し、報道等によると、一部の都道府県は当初、市町村別や学校別の結果などを受け取らない方法を模索していたこともありました。鳥取県もその一つでした。結果的に、それはできないということになり、都道府県が市町村別や学校別の結果等を受け取り保有をしています。逃げ場はなく、情報公開条例の規定に基づき、個別に判断をしていくしかないのです。仮に公開することで支障が生じると判断するのであれば、それをとことん貫いて司法判断にゆだねるしか道はありません。

 しかし、こうした状況を見ていて考えずにはいられないのが、結局学力テストがテストを受ける子どもたちや保護者、地域という学校の主要なプレーヤーの存在を考えずに実施されていることが、今般の結果の取り扱いをめぐる様々な問題や議論のもとにあるのではないかということです。市町村別や学校別等の結果を非公開とすることは、学校にかかわる主要なプレーヤーである各教育委員会や学校の管理職・教員にとっては特にそれでも構わないと思うかもしれません。しかし、そのに通っている子どもやその保護者、地域という他の主要プレーヤーは、学力テストの結果については蚊帳の外です。学力テストの結果を知りたいという情報に対するニーズがさまざまな形で出てきてもおかしくありません。

 学力テストの結果について、どのように子どもや保護者、地域などを含めて生かしていくのかという視点が決定的に欠けていたことが、今に至るまでの様々な問題・議論の根にあるように思います。つまり、実施を主導した文科省の政策的な判断の誤りがあるのだと思います。そろそろ、結果を公開を念頭において、どのように結果を踏まえて子ども、保護者、地域などと今後について議論をし、過去について反省をするのかという情報の使い方に議論を移すべき時ではないのでしょうか。

 情報は、公開されていないものが世に出れば、さまざまな議論のもとになることは当たり前のことです。こうした議論が行われることが、民主的な社会には必要だからこそ、情報の公開がその基本的な権利として市民に保障される必要があるというのが、情報公開制度をめぐる議論のルーツではなかったのかと思うわけです。正直、学力テストの公開という個別の問題で、情報公開条例がとばっちりを受けてその原則をゆがめるような改正が検討されているなんて、迷惑この上ない話です。というわけで、もう少しこの問題では頑張らないといけないと思うところです。
 
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by clearinghouse | 2008-11-19 00:00