ごあいさつ

 私事になりますが、すでにこのブログでも何回か触れている通り、3月31日をもって、わたくし三木は情報公開クリアリングハウス室長を辞し、また有給スタッフとしても退職いたしました。現在は、かねてから兼務していた「理事」が、私のクリアリングハウスでの肩書きになります。これに伴い、このブログの扱いがまだ確定していないため、暫定的にタイトルを「情報公開クリアリングハウス事務局日誌」から「情報公開クリアリングハウス理事日誌」へ変更し、またプロフィールも一部変更いたしました。

 さて、きわめて個人的なことなのでこのブログで書くことではないとは思いますが、いろいろな方になぜ事務局を去るのかや、辞めてどうするのかをとにかく聞かれるので、ここに少しだけ書いておこうと思います(そのうち、私事なので消すかもしれません)。私が事務局を去ることは、一年以上前から決まっていた規定路線で、だいぶ前から決まっていたことであること、理事として留まっていることからもおわかりの通り、大変円満な退職です。現在は、4月に新設された獨協大学地域と子どもリーガルサービスセンターの事務局職員になっております。ここは、法科大学院に付置された子どもの権利救済機関で、法律事務所が併設され、地域に根ざした法律家の養成を進めるとともに、法科大学院の地域貢献を目的としている、日本では他に例のない、まったく新しい組織です。今月から、ここで事務屋な日常を送っております。

 情報公開制度や個人情報保護制度に仕事として関わること11年、それ以前から数えれば15年、この世界に頭までどっぷりと浸かってきましたが、腰くらいまで浸かった日常になります。すでに、情報公開や個人情報保護がライフワークの域に入っているので、かかわりがなくなることは私自身にとってもありえないことであります。ただ、かかわり方が変わることになります。とは言っても、1月から週の半分は大学で勤務しており、この3ヶ月は並行して多くのことをしなければならない期間となり、また、2006年度は外部での仕事が非常の多かったこともあって、残務が山のようにあり、当面はクリアリングハウスの仕事も相当程度、こなさなければならならず、相変わらず事務所には大学での勤務後に来ているのと、しばらくは土曜日はクリアリングハウスで仕事をすることになります。

 何で、子どもの問題なのか、ということはこの数ヶ月、何十回と聞かれてきたことですが、自分の中では情報公開や個人情報保護にかかわることとあまり基本的な視点は変わらないものと映っています。情報公開制度や個人情報保護制度に対しては、常に普遍的な人々の権利利益を保障するものとして、そして、充実した救済制度を設けることで権利保障を確かなものにし、皆が基本的な権利利益を享受できるものとしてとらえてきました。そのために、制度を作る、改善する、使う人を支援する、権利侵害に対しては争うことを支援するなどしてきました。要は、個人の本来の権利を社会的に保障することを考え、特に情報公開や個人情報保護にかかわるチャンスがあり、焦点をあててきたというところです。子どもの権利救済も、基本的にはこれまでのいわば社会観、世界観の延長線上にあり、焦点の当たっているところが違うということと、より厳しい状況が待っているということが違う点だと考えています。縁があって声をかけていただき、自分の社会観、世界観の延長にあること、そして少し違う分野で仕事をして、社会観、世界観を広げたかったこともあって、この選択をしました。

 どういう社会で生きたいかを考えるとき、自分の中では普遍的な価値があるように思います。それをどう表現していくかで、自分の中で焦点を当てるものが違ってくることもあるし、自分の関わるチャンスのあるテーマの中で選択していくことになるのだろうと思います。とはいっても、引き続き、情報公開クリアリングハウスでもいくつかの事業は担当し、また、個人的にもまだまだ取り組みたいテーマがたくさんあるので、できる範囲でできることを行なっていきたいと考えております。在職中、多くの方に支えられ、ご協力いただいたことを感謝するとともに、引き続き、お付き合いくださいますようお願い申し上げます。
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by clearinghouse | 2007-04-04 00:14